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秋空にくっきり北海道の屋根
【北の国からのエッセイ】 2008年10月03日

秋が次第に深まってきました。

9月、異常な暖かさだった北海道も彼岸を過ぎて、ようやく天気予報の最低気温が一ケタとなりました。最低気温が8℃以下になりますと紅葉は進むといいます。9月最終日、秋らしき景色を求めて美瑛・富良野を訪れました。

この日の北海道は朝方、弱い放射冷却現象があったのでしょうか、日中は澄んだ秋空が広がりました。畑作地帯がうねるように広がる美瑛が丘につきますと、これまでに見たことのない景色に目を見張りました。十勝岳連峰の山々が雪をかぶってとても近くに見えました。稜線がくっきりしています。

この山並みをバックにいい写真が撮れるかもしれない。この日の目的は植物観察でしたが、急遽 にわかカメラマンに変身です。美瑛の四季彩(しきさい)の丘に車を走らせました。四季彩の丘にはまだ花が一杯咲いていました。赤いケイトウを手前に秋まき小麦の緑、収穫を終えた土壌などのパッチワーク、そして雪を頂いた十勝岳連峰を前に三脚を立て、紫外線で飛んではいないかと絞りを切り替えてはシャッターを押し、何枚も撮りました。


上の写真、右から富良野岳(1912m)噴煙を上げている十勝岳(2077m) 美瑛岳(2052m)美瑛富士(1888m)オプタテシケ山(2073m)・・・まるで屏風のようです。

山頂部は雪で真っ白ですが、山麓はまだ緑が多く緩やかなスロープとなって手前に広がっています。この写真の左にはトムラウシ山(2141m)そして北海道の最高峰旭岳(2290m)北鎮岳(2244m)・・・と大雪山系がやや遠目にずらりと並んでいます。これまで何度も当地を訪れていますが、これほど見事な北海道の屋根のパノラマを見るのは初めてです。

紅葉を求めて十勝岳に近づこう。車を美瑛から十勝岳中腹の白金温泉方向に走らせました。十勝岳に向かう道路の両脇は見事な白樺林となっています。この付近は死者行方不明144人、日本で最悪の火山災害が起きたところです。

大正15年5月、十勝岳(写真右正面)が大爆発をおこしました。溶岩で残雪が瞬時に溶けて大量の融雪水が発生し、泥流となって沢を下りました。ところによっては時速60kmの猛スピードとなり、畑を家を家畜を飲み込みました。
開拓民を無情に押し流した泥流の悲劇は、三浦綾子の「泥流地帯」「続泥流地帯」で克明に描かれています。相当昔に読んだ本ですが、山津波となって押し寄せてくる泥流から逃れるため、とっさに電柱に飛びついた人が助かったというくだりを、妙によく覚えています。畑を20~30cmほど掘るといまだに火山礫がごろごろ出てくるそうです。

シラカンバは明るいところを好む典型的な陽樹で、火山の爆発などで何もなくなった山肌などに一番早く生えてくる木です。パイロットツリーともいわれています。昭和53年有珠山が爆発した7年後、立ち入り禁止の噴火口を見せてもらう機会がありましたが、一面火山灰の山肌にシラカンバとウドが一杯生えていたのを思い出します。十勝岳に通じる道路のシラカンバもいち早く生えて生長したもので、いまでは白樺街道といわれる観光ポイントです。数キロに及ぶこの白樺街道は、すばらしい自然がたくさんある北海道の中でも、私のもっともお気に入りのところです。


十勝岳の中腹、望岳台につきました。標高930mの地点です。(写真上右)火山岩や火山礫がごろごろしています。はるか左に北海道最高峰の旭岳が真っ白です。(写真上左)この角度から見る最高峰の頂上は初めてです。望岳台周辺は生きた化石ナキウサギの生息地でもあります。ナキウサギは冬眠前のこの時期、クルミなどをたくさん食べる貯食の時期で、朝はよく観察できるそうです。私たちは日中でしたので、残念ながら「ピチィ」という独特の鳴き声すら聞くことができませんでした。

火山礫の片隅にへばりついている高山植物シラタマノキ(ツツジ科)の群落があり、見事な白い実をたくさんつけていました。実を1個採って歯で噛むと、シラタマノキ独特のサルメチールの臭いがしました。

望岳台の紅葉はまだ進んでいませんでした。地元のタクシー運転手にききますと、「毎年こんなもんですよ」といいますが、私たちはさらに車が行き止まりの十勝岳温泉(1380m)まで上りました。ここまでくると十勝岳の懐に入ったようで、山の全貌はわかりません。けど見事な紅葉が眼下に広がっていました。(写真下)




ようやく絨毯のような納得の紅葉に出会いました。ウラジロナナカマドが真っ赤です。昨夜の雪が道路脇のササの上にまだ残っていました。この日は澄み切った秋空のおかげで、北海道の屋根をひとつひとつ確認でき、北海道の地形全体を強く感じるフィールドワークとなりました。

  富士山に上らずして山の高さを語るなかれ
  大雪山を上らずして山の広さを語るなかれ


明治の酒好き文豪・大町桂月が喝破した名言が思い出されました。

(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。