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深まるニセコ・羊蹄の秋
【北の国からのエッセイ】 2008年10月10日

10月に入って北海道の最低気温は一桁になるにつれて、紅葉は平地でも急激に進みました。札幌郊外の山々は紅葉真っ盛りです。

よくもみじ狩りといいますが、サクランボ狩りとはちょっと意味が違うようです。ここでいう狩りとは「草花を眺めること」を言うそうです。よくもみじの小枝を手に持ってる人がいますが、粋な気持ちで持っているとしたらそれは勘違いで、紅葉狩りにはファジー感覚が大切なようです。

また北海道ではもみじ狩りというよりは、よく「観楓会(かんぷうかい)に行こう」といいます。紅葉を見に行くことですが、どちらかというと泊りがけで出かけ宴席が中心となるようです。

7日、泊りがけでない観楓会にでかけ、ニセコ・羊蹄山麓を回ってきました。


神と仙人が住みたもうた所
ニセコ連峰の中腹、海抜755mにひっそりとした佇まいを見せているのは、神仙沼です。昭和3年初めてこの沼を発見した人が、その神秘的な光景から神と仙人が住みたもうた所という印象を語ったことから、この沼の名前がつきました。確かに、自然の造作でこれほどのものが作れるのかと思うほど、いつ訪れても目を見張ります。

それに色がついたのが今の時期です。ただ色のつき方が、ファジーで楽しむというほど、ほんわかムードの紅葉ではありません。厳しい自然のなかで色づいた紅葉が、静かに沼の湖面に映えていました。(写真左)


神仙沼の主役はアカエゾマツです。あちこちに異様な姿をさらしています。成長の遅いアカエゾマツは、通常の環境の下では他の木に負けてうまく育たないそうです。積雪5m以上で風強く、11月から5月までの7ヶ月間も雪の中という悪い環境が幸いしたのでしょうか、ここではアカエゾマツの世界です。まっすぐ伸びた木もあれば、曲がりくねっているもの、雪の重みで頭が折れているもの・・・さまざまな姿をせています。(写真右)盆栽にしたらすばらしいと思われるものが、あちこちに散見されます。



もうひとつはダケカンバです。シラカンバよりも高地に生えるダケカンバは、ここでは一つとして真っ直ぐなものはありません。(写真左)風雪ですべて曲がりくねっており、その様相からアバレカンバとかオドリカンバともいわれています。植物の垂直分布では針葉樹を中心とした混交林の上は、通常ハイマツなどの高山植物になりますが、ここではその間にカンバ帯が存在します。北東アジア特有の植生だということで、欧米の植物学者を当地に案内するととても驚くそうで、世界的にも珍しい景観だそうです。


もちろんハイマツも生えています。緯度の高い北海道は標高をプラス1000m足せば、本州とほぼ同じ景観だとよく言われますが、ここでは2000mの景観でしょうか。風が強いためにハイマツはみな同じ方向に向かって這っており、すでに草紅葉もおわった茶色の湿原に美しい緑を浮き上がらせています。

ニセコといえば有島武郎です。大蔵省の高級官僚であった有島武郎の父は、皇太子のご学友でもあった息子の武郎が、学習院中等科から新渡戸稲造を頼って札幌農学校に入ったとき、息子の将来を考えてニセコ一帯の払い下げを受け、狩太(かりぶと)農場をつくりました。しかし高地の上、夏でもガスがかかって、耕地としては必ずしもよくなかったこの地の農作業は収益があがらず、小作人は困窮をきわめました。その悲惨な模様は名作「カインの末裔」で克明に描かれ、後の画期的な農地解放につながります。

開拓の条件の悪かったニセコ(武郎のころは狩太と言った)ですから、入植者が少なく、神仙沼が昭和のはじめまで発見されなかったことはよく理解できます。しかし発見されてから登山客しか入れなかった神仙沼湿原には、今では四車線なみの広い木道が設けられ、ハイヒールの観光客も1キロほど森に入れば、見事な神仙沼の景観を楽しむことができます。


立木に絡んだツタウルシの紅葉(写真上左)、カエデの仲間で高地に生えるオガラバナの見事な黄葉(上右)が見られました。ただ、ことしは冷え込みが少なくて寒暖の差が小さいためか、紅葉は余りきれいでないと地元の人は言っていました。紅葉は中旬の連休までもつでしょうか。冬の足音がすぐ後ろまで迫ってきました。

秘湯 大湯沼
車を走らせると、ゆで卵の匂いがぷ~んと漂う池に着きました。ニセコ湯本温泉大湯沼です。ニセコは火山ですのであちこちに温泉が出ます。周りのニセコ連峰の見事な紅葉は、大湯沼から上がる湯気でゆれていました。大自然の懐に抱かれた秘湯で、国民宿舎が1軒ありました。氷点下の冬、雪庇がぐっと突き出た露天風呂の温泉に入って杯を傾けたら趣があるだろうなと思いました。

ニセコはいくつもの顔を持っています。鄙びた温泉もあると思えば、パウダースキーのメッカとしてオーストラリア資本によるコンドミニアムの建設ラッシュとなり、最近の調査で国内では最も大きい地価上昇率となった地域もあります。

香りを出す並木路
車はニセコを下り、羊蹄山麓に広がる真狩村(まっかり)に入りました。真狩村は歌手・細川たかしの出身地です。テレビのコマーシャルなどで、細川たかしはよく男爵いもとアスパラガスが一杯入った籠をもって、地元特産の農産物をPRしていました。

地元には、若くしてはや立派な銅像が建っています。細川たかしの陰に隠れていますが、真狩村は「あざみの歌」を作った八州秀章の古里でもあります。

♪ 山には山の憂いあり 海には海の悲しみや まして心の花園に 咲きしあざみの花ならば  ♪

しっとりとしたメロディーにのって、甘い匂いがぷ~んと漂ってきました。カツラです。100mほどにわたってつづいているカツラの並木路が続いていました。ハート型のかわいい葉は、黄葉しますと昔懐かしいカラメルの匂いを出します。10センチほどに積もった落ち葉を踏みながら歩きますと、甘い匂いはさらに醸し出されて、カツラの匂いで鼻一杯になります。カツラは万葉の時代には「香出」といわれてましたが、訛ってカツラになったといわれる日本特有の木です。

並木路の背後には蝦夷富士と言われる羊蹄山(1893m)がありました。頂上には雲がかかっていましたが、羊蹄山をバックにしたカツラの並木路が醸し出す甘い匂いは、秋の深まりを強く感じさせるものでした。



(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。