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木工技術で国際交流
【北の国からのエッセイ】 2008年10月27日

この夏、イベントに参加するため、スウェーデンの地方都市レクサンド市を訪れた。(9月既報・スウェーデンの秘めたるロマン)

そのレクサンド市の活字が地元の北海道新聞に大きく出ていた。レクサンドの高校と、稚内に近い北海道北部の音威子府村の高校が、姉妹提携して木工技術の交流を図っているという記事だった。

提携するスウェーデンのレクサンド高校といえば、この夏、ヨーロッパ碁コングレスが開かれたメイン会場である。2週間びっしりお世話になった高校だ。(写真:会場のひとつ体育館)私は当初、文化施設かと思ったが、その後、レクサンド高校であることを知らされた。確かに会場には図書館らしきものから大小の教室があり、ジクソウパズルのような地理の教材も、教室の片隅に置かれていた。

人口が全国で最少の村
かたや音威子府村は、人口が去年1000人を割って今年6月現在わずかに945人、おそらく全国で一番人口の少ない自治体だろう。珍しい地名で「おといねっぷ」と読む。アイヌ語の「オ・トイネ・プ」河口が土で濁っているという意味で、音威子府川が大河天塩川に合流する地点が濁っていたことから命名されたという。

ここに「おといねっぷ美術工芸高校」がある。この高校には地元だけでなく、木工彫刻に関心のある生徒が、札幌や全国各地から集まって木工技術を習得している。レクサンド高校と交流して、北欧家具の高い技術を学ぼうということのようだ。


ダーラヘスト
レクサンド市はスウェーデンでも大きいシリアン湖の畔にあるが、対岸の町にはスウェーデンの伝統的工芸品ダーラヘスト(木製の馬)を作っている工場があった。型は機械で作られているが、細部は熟練工が手作業でノミを振るい、絵の具を塗っていた。(写真左)

ダーラヘストはスウェーデンの長い冬の夜、森の小屋の中でナイフ1本で作る子供用のおもちゃだったという。素朴な民芸品である。じっくり見学すると次第に欲しくなり、お土産に買い求めた。説明する中年の女性(もしかしたら経営者か)に、「材は何か」と質問したら、レッドパイン・アカマツだという回答が返ってきた。

ヨーロッパアカマツ
アカマツから連想されるものは日本ではマツタケ、白砂青松であり、ちょっと年配の人なら銭湯の浴槽のペンキ絵を思い出すかも知れない。この“ほんわかイメージ”の日本のアカマツに対して、ヨーロッパアカマツは寒さに強くて男性的な樹形で、北海道には早くから導入された。札幌市内ではアカマツとヨーロッパアカマツのどちらも観察できる。ダーラへスト工場見学の帰路、車窓から見えたものが、見事なアカマツ林だったことが懐かしく思い出された。(写真下左)

このヨーロッパアカマツ林は、4年前に訪れたポーランドの地方都市ツホーラでも観察された。(写真上右 04.7)樹皮に格子の傷跡があるのは何かと尋ねたら、戦時中に松脂をとって燃料にしたという。鬱蒼とした森林は、場所こそ違うが、第二次世界大戦中にポーランド将校数千人が虐殺されて埋められたいた「カチンの森」も、もしかしたらこういう森ではなかったかと連想して、ぞっとしたことを思い出す。同時に ガイドをしてくれた金髪の女性森林保安官も懐かしく思い出された。

アカエゾマツ
音威子府村は林業と木工の村だ。村の木に指定されているのはアカエゾマツである。同時にアカエゾマツを含めたエゾマツは北海道の木でもある。(写真左:ニセコのアカエゾマツ  06.9)

アカエゾマツは環境の厳しいところでも育ち、生長が遅いため材質は堅い。このためピアノの材料として使われ、大手ピアノメーカーは道北地方の山を買い占めたり、契約植林をしている。また湿地帯で風雪が強いなど環境がさらに悪い所では、アカエゾマツは矮小となり、常緑の葉がびっしりつまっているため、盆栽として珍重されて盗掘が絶えないという。

ビッキの彫刻
音威子府村を木工の町としてイメージを高めたのは、木工彫刻家 砂澤ビッキである。音威子府に住みついた旭川生まれのアイヌ人 ビッキは、閉校した小学校をアトリエとして制作に取り組んだ。

5年前美術愛好家に誘われ、ビッキの作品を見に行った。氷点下20度以下にもなる厳寒の冬でもストーブを炊きながら、大木にノミを振るったビッキの作品の迫力に圧倒された。ビッキ亡き後は記念館になっている。ビッキのアトリエ前の自作のトーテンポールは、その後の台風で折れたと風の便りで聞いた。(写真右:03.9)

レクサンドを訪れなかったら余り関心を持たない一遍の記事から、さまざまなことが思い出された。木工技術が取り持つ縁で結ばれた二つの高校は、いずれも豊かな森に恵まれている。最近、航空会社などの企業が地球環境を守るために、社長が先頭になって社員と一緒に千歳郊外の原野で植樹をしたというニュースにしばしばお目にかかる。大変結構なことで、エコロジーが市民の中に次第に浸透してることが実感できる。森は単に生活の糧だけでなく、地球温暖化を防ぐ世界共通の財産になっている。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。