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小春日和の物騒な森
【北の国からのエッセイ】 2008年11月13日

札幌はすでに初雪がちらつきました。道行く人々は早くも厚いコートにマフラーを身につけ、冬の装いです。まだ冬の入り口、これから徐々に氷点下の世界の生活となります。

この時期、ときどき暖かい日もあります。小春日和という言葉がぴったりです。小春日和の一日、これまで訪れたことのない札幌郊外の物騒な森に出かけてきました。

幸運をもたらす木
日中晴れ上がる日は雲がないため、明け方 地表の熱が奪われる放射冷却現象がおきます。この日も午前6時の気温は0.5℃まで下がり、札幌では今シーズン一番の冷え込みとなりました。森の入り口の水溜りには氷が張ってました。

しかし気温は徐々に上がり、日中の最高気温は9.4℃で、風もなく穏やかな天気です。足取りも軽やかに、30人ほどの自然愛好家とともに森に入りました。

見上げると枝先などに鳥の巣のようなものがたくさん付いている高木に出会いました。(写真上)ヤドリギです。樹木の枝などに寄生する常緑樹です。森の落葉樹はすっかり葉を落としているため、この時期ヤドリギはとても目立ちます。ヤドリギは根をつけず、木の枝などに寄生して養分を吸収する「森の居候」です。

秋に赤や黄色の実がなりますが、木の実は粘膜に包まれています。このため木の実を食べた鳥がフンをしますと、実が枝に付着し、そこから繁殖します。双眼鏡で見ますと、ヤドリギには赤い実がビッシリ付いていました。(写真左)これらの実は鳥の大好物です。風雪にさらされ軟らかくなると、鳥があっという間に食べつくしてしまいます。ヤドリギはヨーロッパでは薬用や魔除けに使われ、幸運を呼ぶ木と信じられています。

ヒグマの森
森を歩いていますと「熊出没注意」という看板にあちこちにであいます。右の写真の看板には「通り道10番奥の山林でヒグマの足跡が発見されたと書いてあります。発見されたのは10月31日ですので、10日ちょっとしか経っていないではありませんか。ご婦人の間から「わあ  怖い」 一瞬緊張が走ります。

この日、出かけた森は、クマが出没することで知られる盤渓(ばんけい)の森です。市民の森として人が歩く程度の道は整備されていますが、クマが出るため敬遠されています。盤渓にはスキー場があり、冬はクマは冬眠しますのでスキー客で賑わいます。クマが出るくらいだから都心から相当離れているところだろうとお思いでしょうが、そうではありません。私の自宅からバスでわずか25分でいけるところです。札幌の西にジャンプ競技で知られる大倉山や三角山などの300mクラスの山々が連なりますが、ちょうどその裏側に当たります。札幌では盤渓だけでなく、後背の山のあちこちから毎年のようにヒグマが現れ、そのたびにハンターが出て警戒しています。

ヒグマは体重200kg以上にもなり、本州のツキノワグマと違ってとてもどう猛なクマです。世界を見渡しても人口100万以上の都市で、どう猛な動物と接して住んでいるのは札幌市以外にないそうです。

とはいってもヒグマにとっては迷惑この上ないことかもしれません。これらの地域はもともとヒグマの生息地だったのです。ヒグマのテリトリーに人口が膨れ上がって人間が入り込んだ地域です。

つい先日、十勝の高速道路で、都市間バスとヒグマが衝突するという前代未聞の事故がありました。これもヒグマのテリトリーに高速道路ができた結果といえるでしょう。

昔、国会で自民党議員がクマしか出ないところになぜ高速道路を作るのかと、当局に噛み付きました。すると当時、同じ自民党議員で、十勝出身の鈴木宗男議員が「お前は見たことがあるのか」とヒグマのような鋭い眼光で一喝し、質問した議員は謝罪したという話が思い出されます。

現実に起きた高速道路上の事故で、100kgを越すヒグマ君はそのまま昇天しました。バスの乗客20人は無事だったそうですが、バスの前部は巨体のクマとの衝突痕がくっきり残っているのが、テレビで大写しされていました。写真は即死したヒグマです(東日本高速道路北海道支社提供)

人間はヒグマを怖がりますが、実はヒグマも人間を怖がっています。おいらのシマに変な動物(人間)が入ってきたと思ってるのでしょう。むしろ、ヒグマは人間を遠巻きにして見ているんです。人間がヒグマに襲われるというのは、何かのアクションがあり、ヒグマにとって自分の方が危険と判断したとき、ヒグマは人間に襲い掛かってきます。昔から言われているクマに出会ったら死んだ振りをするのがよいというのも、一理あるようです。この日のフィールドワークには野生動物の専門家も同行し、一通りの注意事項を聞いた後、専門家を先頭に森に入りました。

ヒグマの生活痕
この時期山道は落ち葉で覆われます。さらさらさら、落ち葉を掃くようにして歩くと、森にきたんだという実感がします。
専門家が落ち葉のくぼみをみつけ、木の枝で掘り始めました。この穴はクマが掘った穴だそうです。(写真下左)見上げると木の枝に「クマの堀り跡 8年7月14日」というリボンがかかっていました。専門家によりますと、穴を掘って蟻の巣をひと舐めしたのだろうということでした。


しばらく歩きますとトドマツの幹につめで引っ掻いた跡がありました。(写真上右)ヒグマのひっかき痕のようでもあり、注意を促すリボンがぶらさがっていました。ヒグマの生活痕をあちこちで見つけますと、ヒグマと同じ空間にいるという気持ちになり、単独行動しないよう注意して歩くようになります。

誰かが「フンがある」と叫びました。専門家がしばらく見て、「これはクマではありません。タヌキのフンです」。タヌキにだまかされそうになりました。クマのフンは3年前に見たことがあります。まだ新しいフンでした。黒光りしており、一度にこんなに出すのかと思うほど迫力のあるフンの山でした。面白いことに動物の専門家はこうしたフンを詳しく観察します。この動物は何を食べて生きているのかがよくわかり、フンは動物学者の格好の研究材料だそうです。

晩秋のルビー
シラカンバの林を見ながら森を歩きます。シラカンバはまっすぐ天空に向かって伸びています。 アカゲラ、コゲラ、カケスなどの鳥が飛び交っています。エゾリスが枝にそって走り回っています。カメラを構えて、どこどこどこ?小動物や鳥はすばしこいうえ、遠くにいるため、そう簡単にはカメラに収めることはできません。夢中でシャッターを押すと豆粒くらいに小さかったり、逆光で被写体は真っ暗だったりで、絞りを調整する余裕はありません。動物写真は三脚で事前に構えていない限り、結果よしの世界です。

まもなく雪に覆われてしまう山の斜面に、小豆色の大きな実のついた植物をみつけました。ツルリンドウです。リンドウは全国どこでも見られますが、ツルリンドウはつる性になって他の植物に絡まって伸びています。花はラッパ型で趣があります。ただ色彩感の乏しい晩秋から冬にかけてのツルリンドウの紅紫色の実は、とても見事で存在感があります。晩秋に輝くルビーでしょうか。ツルリンドウの実は8mmくらい、一箇所で1~3個くらい単発で観察していましたが、10個も一度に見れる群生に出会うのは初めてです。



食用?有毒?
山道の落ち葉の下から顔を出しているキノコを見つけました。かさが10cm以上の大きなキノコです。しかも落ち葉を払うと重なるようにキノコが次から次へと出てきます。騒々しくなりました。このキノコ食べれるの?ヒラタケでないの。いやハタケシメジでないの。これによく似たもの食べたことあるよ・・・喧々がくがくです。毒キノコか、それとも食用キノコでしょうか。引率した専門家は間違ったことを言っては大変です。専門外のキノコには口をつぐんでいます。結局誰一人採取する人はいませんでした。

私は個人的には食用可なるキノコとみました。けど採取はしませんでした。 名前がはっきりしない限り食べる気持ちになれません。後日キノコ博士に聞いてみようと思います。

それにしても実に自然豊かな森でした。ヒグマのおかげで、人の出入りは少なく、それだけ自然のままの森が残っていました。とくに大きなキノコが道のすぐ側に群生しているなんて考えられず、ヒグマのおかげです。

帰路、黄色く色づいたカラマツが青空に映えていました。針葉樹でありながら落葉するマツの仲間です。春の若草色、夏の緑、秋の黄葉、そして冬のマツカサ、カラマツは四季折々その表情を変えます。カラマツが好きだという人がとても多くいます。私も大好きです。

 からまつの林を過ぎて からまつをしみじみと見き
 からまつは淋しかりけり たびゆくはさびしかりけり


北原白秋は晩秋のカラマツをみてこの詩を作ったそうです。森は葉が落ちても楽しいものです。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。