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夢の道産子対決
【北の国からのエッセイ】 2009年01月16日

囲碁界最高の棋聖戦タイトルマッチのシーズンがやってきました。

第33期棋聖戦七番勝負の第一局が、14日から札幌で始まります。棋聖を3期連続保持している山下敬吾棋聖に挑戦するのは、元名人依田紀基9段です。

山下棋聖は旭川出身、依田9段は岩見沢出身、夢の道産子対決となりました。100年に一度という枕詞が免罪符のつもりなのでしょうか、最近安易に使われていますが、100年どころか今後起こりうる可能性はきわめて少ない、北海道での棋聖戦道産子対決です。北海道の囲碁ファンとしては、これを見逃すわけには行きません。

野山歩き姿のスキーウエアのまま都心に戻り、ホテルのクロークに預けておいたスーツに着替えて滑り込みセーフ、棋聖戦前夜祭に出席してきました。

道産子そろい踏み
雪祭りの雪像作りが真っ最中の大通公園に面したホテルの会場に入ると、これまたびっくりです。二人の道産子対局者の他に、旭川出身の小林光一9段、帯広出身の宮沢吾朗9段が顔を出しているではありませんか。小林9段は立会人として、宮沢9段は新聞解説兼現地大盤解説者としてです。道産子9段勢ぞろいです。(写真右)

夢の道産子対決をさらに盛り上げようというのでしょうか、棋戦開催を遂行するのに必要な要員を、すべて道産子に託しました。センスの悪さで定評?のある主催者も粋なことをやってくれます。

花を添える二人の記録係と解説の聞き役は、今売り出しの写真左から向井千瑛2段・梢恵初段・芳織初段の花の三人姉妹です。「三姉妹で一緒にお声がかかったのは初めてです」と目を輝かせながら会場の片隅で遠慮がちに立っていました。


昔お相撲 今は囲碁
北海道といえば、一昔前まで横綱を次から次へと輩出していました。古くは吉葉山から千代の山、大鵬、北の富士、千代の富士、大ノ国、北勝海・・・まだ他にもいるかもしれませんが、思い出せません。ところが今では関取は幕の内にはいなくて、十両にわずか1人です。すっかり衰退した相撲界に代わったわけではないでしょうが、囲碁界はキラ星のごとくです。

9段は上記4人のほかに、ご高齢の戸沢昭宣9段が函館出身、若くして数年前亡くなった上村邦夫9段が北見出身でした。これだけの9段プロを輩出したところは、北海道をおいて他にありません。まさに北海道は「昔お相撲、今は囲碁」です。

今日の前夜祭は、北海道囲碁界歴史的なそろい踏みとなりました。司会役のフリーアナウンサーも「これまで7人しかいない囲碁界最高の栄誉と称号が与えられる棋聖戦に、道産子同士が向かい合う夢の対決となりました」と会を盛り立てていました。

2年生で小学生名人
山下敬吾棋聖については、もう多くを語ることもないほど知られた、数十年に一度の大天才です。碁盤の向こうまで手が届かないような小学2年生で、小学生名人になりました。翌年だったでしょうか、お兄ちゃんとの兄弟決勝戦で負けて、大粒の涙をテレビの前で流して、囲碁ファンにほほえましさと、深い感銘を与えました。

プロになって独創的な力強い打ち方で着々と頭角を現し、ついに囲碁界最高位の棋聖に就いたのは、史上最年少の24歳の時でした。たまたま高校の数学の先生だったお父さんが定年退職した年で、40年働いて得た退職金を上回る賞金を、一勝負で息子が頂戴しました。ときの世界の趨勢は日本から韓国に傾き、「韓国の第一人者イ・チャンホを破るのは山下君しかいない」と、当時の日本棋院理事長は棋聖就位式で力説していたのを思い出します。

その山下棋聖も早や三十路となりました。最近は張う4冠に押され気味ですが、まだまだ老け込む年ではありません。棋聖戦8連覇、名誉棋聖の称号をもつ立会人の小林光一9段曰く「3連覇しているときが一番油が乗り切って強いときです」とコメントしていました。

プロ棋士会 会長
挑戦者になった依田紀基9段は、着物姿で登場です。頭を坊主にしたその風貌はますます、一世を風靡した関西棋院の半田道玄9段に似てきました。

今回の棋聖戦の北海道での道産子対決の、最大の功労者は、なんといっても依田9段です。場所はすでに決まって誰が挑戦者になるのか注目されていましたが、依田9段は難関のリーグ戦を勝ち抜き、見事挑戦者となりました。依田9段の活躍がなければ、札幌での道産子対決がなかったわけですから、依田9段のがんばりに敬意です。

義務教育の途中で、1人岩見沢から上京して、囲碁の勉強を始めた依田少年です。その眼光の鋭さと熱心さは、湯河原にある藤沢秀行塾の定宿の美人女将曰く、「朝早くから1人碁盤の前に座り、小さいときから他の子供たちとは違っていました。この子はきっと大成すると思いました」と述懐していました。

数々のタイトルをとった依田9段は42歳、円熟味が増してきました。現在東京のプロ棋士会の会長となり、押しも押されぬプロ棋士の顔です。

決意表明
前夜祭のクライマックスは対局者の決意表明です。最初に挨拶に立ったスーツ姿の山下棋聖、背筋を伸ばしたきりっとした姿勢は、正座を崩さない対局室の姿を彷彿とさせます。「北海道での対戦のときは、駆けつけてくれた地元の皆さんの声援を対局者に知ってもらいたいと、いつも話すのですが、今回ばかりはそうは言えません」と笑わせたあと、「いい碁を打って皆さんの期待に応えたいと思います」と、簡潔な中にも強い決意を示していました。

前夜祭には、旭川からご婦人を中心に大挙応援団が駆けつけ、棋聖の地元での人気の高さが伺えました。

また旭川が生んだ小林名誉棋聖・山下棋聖の子供のときの名伯楽も姿を見せていました。少し背中が丸くなった師匠に、2人の棋聖は頭を深々と下げて駆けつけてくれたお礼を述べていました。負かして泣きながら棋譜を採る幼き山下君を見て、周りのものが「そんなにいじめるなよ」と言うので「なあに、来年にはこちらが泣かされるんだから」と言ってたら、ほんとにそうなってしまった。7年前の初棋聖の地元での祝賀会のとき、名伯楽は笑いながら言っていました。

続いて、挑戦者の依田9段です。依田9段は地元岩見沢の子供たちに直接碁を教えています。岩見沢市長や、これまた地元のご婦人たちが駆けつけました。

あれ、いつもは姿を見せる息子に似た大柄なお父さんの姿が見えません。依田9段の挨拶からして、体調が悪いのでしょうか。

その依田9段「今度の棋聖戦は勝たせていただきます」と、これまたきっぱり。その理由として曰く、「このところタイトルから遠ざかっており、親孝行がしたくなった。父親は棋聖戦の挑戦者になったのだから、もう死んでもいいと言っているが、死ぬのはまだ早いと言った」と笑わせ、結果を見てほしいという決意を述べていました。

また「親交のある囲碁好きな民主党の小沢一郎代表に会ったら、『ぜひ棋聖になれ』と激励された。そこで私が棋聖になったら、小沢さんも総理大臣になってください、と言ったら『うん、なる』と言っていた。山下さん、宜しくお願いします」会場は爆笑と拍手に包まれました。

棋聖戦第一局はいよいよ14日から始まります。

2人の対局者について宮沢吾朗9段は「ヨミと力の山下と、バランスの依田の戦いです」

衛星放送解説で姿を見せた王銘エン9段は「ボールは打たない安定感抜群の依田と、ボールも打ってホームランにする山下との戦いです」

2人は退場前にがっちり握手してカメラマンの前でポースをとりました。いよいよ、ゲートオープンです。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。