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白銀の世界の造作
【北の国からのエッセイ】 2009年01月22日

1月も半ばを過ぎると、小寒から大寒へ、暦の上ではもっとも寒くなる峠に向かいます。すっかり冬の装いの札幌ですが、この冬はどちらかというと暖かい感じがします。16日現在の累積降雪量は195cmで、平年より80cmほど少ないです。

とはいっても野山は雪一色です。札幌から1時間半、郊外の中山峠に行って、スノーシューで冬の森を散策してきました。

交通の要衝
中山峠(831m)は日本海側の札幌と太平洋側の留寿都(ルスツ)を分ける峠で、スキーが5月までできる豪雪地帯です。行政区では札幌市に所属し、札幌にも初雪というニュースの映像には、いち早く雪が降る中山峠が写され、雪に驚く夏姿の観光客がよく紹介されています。

この峠を境に南北の気候はがらりと変わります。春まだ浅い5月、札幌側の地面はまだ枯れ草なのに対し、峠を越えて去年の洞爺湖サミットで、プレスセンターが置かれたルスツ高原に向かうにつれ、いつの間にか薄緑色の地面に変わっているのに気づきます。やはり太平洋側は太陽の陽をよく受けているんだなと実感します。

その先が洞爺湖です。北海道の主要道路の多くは、明治時代囚人によって作られました。ところが札幌から中山峠を経て洞爺湖に抜ける道路は、当時民間が作った唯一の道路で、宗教団体の東本願寺によって作られました。

廃仏毀釈運動が起こった明治初期、徳川幕府に追随してきた東本願寺は組織の危機を感じ、明治新政府に忠誠を示すために寄進を申し出て作られた道路です。京都から北陸・東北へと向かったお東さん一行は、行く先々で信者からお布施をもらって現地に入り、機械力のない時代、莫大な財力を使って人力で峠を開削しました。

中山峠の一角の草葉の陰に、人知れず歴史の証の碑が埋もれています。(写真左:05年6月撮影)中山峠は昭和30年代に、トンネルと当時の世界トップレベルの技術による橋脚によって待望の通年開通となり、北海道でも最重要な産業・観光道路となっています。

私たちはこの中山峠で車を降り、スノーシューに履き替えました。

ビューポイント
スノーシューは「西洋かんじき」と言われています。竹で作った丸い輪の「和かんじき」と比べ、長方形で浮力がつくよう後ろのほうが長く、踵が持ち上がるため歩きやすくなっています。ここ10年で急速に浸透しています。

出発地点で自衛隊車両に出会いました。(写真右)その近くに「雪採集場所、第3雪像制作隊」という看板が立っていましたさっぽろ雪祭りが雪不足のときは、中山峠から運んでくるとは聞いていましたが、その現場に遭遇するとはびっくりです。

自衛隊員に「ご苦労さんです。ここから運んでいるんですか」と声をかけると

「雪が違うんだよね。真っ白でしょう」

確かにこのあたりの雪は、粉塵で汚れた札幌の雪とは違い、穢れのない無垢の雪です。陽の光を受けてきらきら光ります。それにしても雪祭りのために、遠いところから運んでいるんだなあと思いました。

ちょっと高台に上ると、早くも素晴らしい光景に出会います。羊蹄山(1898m)です。

あずま路の 富士の姿に 似たるかな
                    雲にそびゆる 後方羊蹄の山


羊蹄山は三条実美が詠んだこの歌から「蝦夷富士」と呼ばれるようになりました。 峠で見る羊蹄山とはまた違った迫力のある山の姿です。本物の富士山より美しい単独峰です。

冬山に生き物の証
積雪は2m近くあるのでしょうか、夏ですと背の高いササヤブですが、冬はすべて埋もれ、一面の銀世界です。高山植物のあるところですと、夏はコースをはずれることはできませんが、冬は雪の上をどこでも自由に歩けます。もしかしたら、冬眠しているクマの上を歩いているかもしれません。

動物の足跡があちこちに見られます。ウサギ・テン・エゾリスなどが生息していることがわかります。写真下の足跡はウサギです。跳び箱を飛び越えるように後ろ足が揃って前に着地し、写真手前から向こうのほうに駆けていったことがわかります。

 


ウサギの丸くなったフンも落ちていました。(写真右上)直径1cmほどで、手に取ると硬くてつぶれません。この時期、木の皮を食べていることがわかる繊維質のフンです。

 

珍しい形の木の芽に出会いました。(写真右)コシアブラ(ウコギ科)の冬芽です。初めて観察しました。コシアブラは春は山菜として親しまれ、秋には透けるような黄葉で森に彩りを添えてくれます。そのエキスが詰まっている芽だと思うと愛おしくなります。私にとってこの日一番の収穫です。


暴走族?
ブ~ン ブ~ン ブ~ン

なだらかな野山を黙々と歩いてますと、静かな冬山にふさわしくない音が聞えてきました。 スノーモービルのエンジンの音です。野山を縦横無尽に走り回っています。(写真左)まるで海のモーターボートです。あっという間に過ぎていくスノーモービルを見ますと、私たちの スノーシューは実に原始的な乗り物です。

斜度のあるカーブでスノーモービルが横転し、体ごと放り出されてさあ大変、と思いきや・・・そこは雪の上、軟らかい布団の上に転がったようで、これまた楽しい冬のレジャーになっているようです。

ただ、ここは支笏洞爺国立公園のど真ん中です。スノーモービルは規制されていないのか気になりました。

見事な自然の造作
スノーシューで歩くこと2時間、蓬莱山という山の頂上に着きました。標高981mですので、ざっと150mほど上ったことになります。ほぼ森林限界に近く、木は条件の悪いところでも育つダケカンバがほとんどです。 そのダケカンバにすべて霧氷の花が咲いてます。(写真右)青空をバックに見事な霧氷です。なんとも爽快な白銀の世界です。

枝に近づくと凍って氷の結晶となった霧がびっしりついています。見事な自然の造作です。

霧氷を見ながら、雪原の上で昼食です。ガイドが、やおらスコップを取り出し、雪を掘り始めました。まるで雪の中でビバークするかのようです。あっという間にコの字型に掘られ、スノーシューをはいても楽に座れ、真ん中がテーブルとなる即席の居間ができました。

おにぎりはカチカチに凍る恐れがあるという先輩の助言で、私はパン持参です。ところが、暖かいカップヌードルを食べ始める人もいたのにびっくり、世の中進んだものです。風が全くありません。氷点下でも背中に注がれる日の光が、暖かく感じられます。

ガイドによりますと、真冬の中山峠でこのような日はほとんどないと言うことです。もし吹雪いてたら、どこで食事をするつもりだったかと尋ねてみました。岩場の影で食べる予定だったという返事が返ってきました。天候に恵まれたことに謝々です。「誰だ、晴れ男は、雪女は」と天気の話題で笑いが響きます。

山を下ると途中で中山峠スキー場の頂上部につきました。眺望がきいて羊蹄山だけでなく、つい数日前登山客が遭難死した無意根山(1461m)の真っ白な姿など、札幌からニセコの山々が飛び込んできました。

ほぼ4時間の野山歩きでした。太腿はもうパンパン、アキレス腱にも痛みを感じてきました。帰路鄙びた温泉の露天風呂で汗を流し、足をもみました。けど、翌日から2日間ほど、まともに歩けないくらいの筋肉痛に見舞われました。

それでもコタツに丸くなる猫よりは、外に飛び回る犬のほうがいい。充実した氷点下の一日でした。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。