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苦しみ超えて快感の尻すべり
【北の国からのエッセイ】 2009年03月04日

あす5日は啓蟄(けいちつ)です。暖かくなって虫が這い出してくる頃です。ことしは暖冬とはいえ、札幌は2月にまとまった雪が降り、まだ60cmの積雪があります。その札幌よりはるかに雪の多い日本有数の豪雪地帯、羊蹄山の森に春を感じさせるひな祭りの3日、入ってきました。






蝦夷富士
羊蹄山は標高1898m、後志地方にある美しい単独峰です。

あずま路の 富士の姿に 似たるかな 
          雲にそびゆる  後方(しりべし)羊蹄の山


明治時代、当地を訪れた内大臣三条実美が詠んだこの歌から「蝦夷富士」と呼ばれるようになりました。この山に挑戦です。といっても雪深い冬山です。75歳でエベレストに登った三浦雄一郎さんではありません。糖尿と戦っているメタボ男です。

私たちの目指すところは、羊蹄山に付属する南こぶ山(650m)です。(写真右)緯度の高い北海道は本州と比べ、気象・植生などは、標高1000mの差があるといわれています。つまり650mは本州の1650m、羊蹄山は3000m級の山です。北海道では1000mを越すと、ところによって森林限界に入ります。

この日の登山口は真狩(まっかり)村です。真狩村は羊蹄山麓に広がるジャガイモとアスパラの町です。地元出身の細川たかしが、テレビを通じて「真狩だあ」。すっかり有名になりました。

登山口の標高は300mですので、ざっと350m上がります。スノーシューで上るには、これまで最高の標高差です。
      
      麓からこれから登る南こぶ山の頂上がみえました。あんなところまで登るのか。大丈夫かな。積雪は麓で2mはあるでしょうか。登山口を案内するクマゲラの看板が大半雪に埋もれ、上のほうしか見れません。(写真左)いつもはガイド1人ですが、きょうはガイドは2人です。

さあ出発です。一列になって、先頭のガイドが道をつける雪の上を歩き始めました。山はエゾマツ・トドマツの針葉樹と、シナノキ・ホオノキ・ミズナラなどの広葉樹が入り混じった針広混交樹林帯です。豊かな森ですが、冬は鉛色の森です。


悪戦苦闘の上り
山は結構急で直進はできません。ジグザグ ジグザグ、自分たちで道をつけて登っていきます。(写真右下)おまけに3月ともなると雪も湿り気味、スノーシューのスパイクに雪がくっつき歩きにくくなります。汗が噴き出します。雪を口に入れます。次第に足が遅くなるのにそう時間はかかりませんでした。仲間の姿が見えなくなり、1人黙々歩きました。

歩幅は僅かです。まるで亀さんです。汗で濡れた分厚いジャケットを脱ぎました。リュックに背負い、アンダーウエア一枚になって休み休み登りました。余り休むと気温は零度前後、汗が引っ込むと逆に寒くなります。

目的地までまだ1時間以上はあります。これはギブアップだな。上空を道警本部のヘリコプターが旋回しています。
おいらをピックアップしてくれるのかな。

実は、前日羊蹄山で雪崩が発生して4人が遭難しました。捜索と救助のため、朝からヘリコプターが上空を旋回しているのです。ガイドの1人が降りてきて、付き添ってくれました。「もう少しで広場に出ます。そこで昼食休憩です」励ましてくれます。また斜面で滑らないよう、スノーシューをやや深めに踏んで足跡をつけてくれます。ゆっくりゆっくり這いつくばるように登りました。大好きな植物観察はどこかにいってしまいました。


ついに登頂
ようやく頂上に着きました。(写真上) 標識はというと、足元の深い雪の下のようで何もありません。眼下に真狩村が一望できます。ああ、ここまでよく上ってきたものだ。

森林があると思えば雪一色の畑もあります。(写真左)もとはといえば森林一色、入植者が切り開いて広大な畑を作ったのでしょう。真狩には明治時代、香川県の人が入植しました。香川では雪が積もったことはあるのでしょうか。先人の辛苦が思いしのばれます。


反対側に目をやると羊蹄山が覆いかぶさるようです。雲の流れが速く、頂上が見えるかな、見えないかなと一喜一憂です。(写真右)写真頂上の稜線の右側、うっすらと見えるところが一番高いところです。沢の雪の深さは5mを越しているのでしょうか、木の上部しか見えません。山肌を双眼鏡で眼を凝らします。遭難者の捜索などの動きは見られません。どうやら現場は山の反対側のようです。

山は静寂そのものです。鳥の鳴き声も風の音もありません。大自然がし~んと目の前に横たわっています。羊蹄山は近くにきますと、富士山のような羊蹄山ではありません。やはり山は遠くで眺めるのが一番だと思いました。

極楽の下り
下りは楽です。つい1時間前の苦しみはどこに行ったのでしょう。昼食にバナナ1本と水しか入らなかったほど疲れ果てた私は、どこに行ったのでしょう。

下りでは、滑って転んでも余裕があります。何しろふわふわした雪の布団です。痛くも何もありません。逆に起き上がるとき、つっかえ棒の手がずぶずぶ、起き上がるのが大変です。

高さ2~3mほどのオオカメノキの先端の冬芽が、ここでは目線より下で観察できます。(写真左)ウサギの顔のようにかわいい冬芽の連続です。「オオカメちゃんだ」と叫びました。  亀さんのように苦しんで登ってきたのに、思わず苦笑いです。

下りは待ちに待った尻すべりです。樹間が広いところで、何度も何度も滑って降りていきます。中にはよく滑れるよう、お尻に敷くグッズを持ってきたご婦人もいます。先に滑った人の後には一筋の長い滑り台ができます。スピードが出ます。余り出過ぎると、スノーシューを立てればブレーキ代わりになります。途中ジャンプまであり、宙に浮きます。

下りの半分以上は尻すべりで降りたでしょうか。あっという間に麓に着きました。上りの苦しみは長く、下りの楽しみはあっという間に終わりました。




麓のまっかり温泉で汗を流しました。露天風呂のまん前に羊蹄山が見えます。(写真左)ああよく上ったなあと思いました。

ことしは、1月からこの日で4回スノーシューで雪山を歩きました。年齢からして、冬山は今冬が最後だなと思って挑戦しました。そして今回は本当にもう卒業だという気持ちになりました。周りの人に迷惑をかけました。やはり、夏の低い里山を歩くのが、私にはもっとも向いていると思いました。

帰り道は羊蹄山から中山峠、定山渓と、雪の壁のある道路です。きれいに除雪されコンクリートが見える道路をひた走り、夜札幌に戻ってきました。苦あれば楽あり、その振幅のきわめて大きい一日でした。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。