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春の妖精 エゾエンゴサクの絨毯
【北の国からのエッセイ】 2009年05月14日

旭川の郊外に嵐山という低い山があります。標高253m、京都の嵐山に似ていることから、この名となりました。

自然豊かなこの山を整備して、山の斜面は「北邦野草園」として北海道の多くの野草を観察することができます。普通の植物園は、園内に植物を植えてつくられていますが、北邦野草園は自然の樹木をそのまま利用した、スケールの大きい植物園です。大型連休を利用して自然の植物園を訪れました。



春植物
この時期のお目当ては春植物です。春植物というのは、落葉高木がまだ葉が出ていこない時期、林床にまで届く陽の光を利用して、花を咲かせる植物の総称です。林床植物ともいわれています。北海道では、春植物の東の横綱がカタクリならば、西の横綱はエゾエンゴサクです。

北向きの窪地にはまだ残雪がありましたが、南向きの斜面には見事なエゾエンゴサクの絨毯が広がっていました。高くても15cm程度のエゾエンゴサクが密集しています。

「枯れ野に広がるコバルト色のエゾエンゴサクは、何度観察しても感動的だ。厳しい冬を乗り切った後に自然界から贈られたごほうびのようだ」

エゾエンゴサクの見事な群生を、このような表現で紹介したコラムを、先日目にしました。色は青や紫が主流ですが、ときどきピンクや白のエゾエンゴサクも観察されます。エゾエンゴサクはどこでも観察できる、ごくありふれた花ですが、群生していますと、まるで絵の具を流した額縁のようにも見えます。

植物の知恵
エゾエンゴサクはケシ科の多年草で、薬草でもあります。地下に小さな塊茎がつきます。これを乾燥させたのが生薬の「延胡索」です。生理痛、浄血・鎮痛などの薬効があるといわれ、江戸時代から重宝されていたようです。

エゾエンゴサクの花は唇形で、後部は距(きょ)といわれる筒型の器官で、奥に蜜が分泌されています。暖かい日にはハチやチョウがさかんに蜜や花粉を求めて飛び回っています。エゾエンゴサクは同じ株の花粉では種子を作れない「自家不和合性」という性質を持っています。このため昆虫に他の花粉から運んでもらうことが、種子をつくるための絶対条件となります。



ヒメギフチョウ(写真左)がエゾエンゴサクの狭い距のなかに入り、ストローをだして蜜を吸います。その時に口や体につく花粉が他の花について、めでたく受粉となります。エゾエンゴサクやキツリフネなど、漏斗(ろうと)状になっている花は、奥に蜜を作り、昆虫に甘いものをあげる代わりに、狭い漏斗に入る際、体に一杯花粉をつけて運んでもらって、次の世代に命をつなぐという知恵をもちました。



スギも心外 スギ花粉症
数億年前に謳歌した裸子植物は、スギに象徴されるように花粉を風で運ぶしかありませんでした。

風任せですので、受粉効率は極めて悪いです。「下手な鉄砲 数撃ちゃあたる」というわけではないでしょうが、そのために一つの花から数百万個の花粉を、風に乗せて埃が散るようにばら撒きます。太古から生き続ける裸子植物の、ものすごい生命力に圧倒されます。(写真右:スギの雄花)

その被害を受けているのが人間様です。ことしはもう終わりましたが、毎年春先に多くの人がスギ花粉症に悩まされています。スギにとっても、花粉が人間の鼻にくっつくのは心外で、雌花にくっついてきちんと受粉してもらいたいことでしょう。

蜜どろぼう
より確実な受粉を求めて裸子植物から進化してきた被子植物ですが、漏斗状の筒を持つ花にとって重大な問題が起きてきました。筒の中は狭くて入れない、けど、蜜は欲しいというマルハナバチが、蜜が溜まっている距のお尻の部分を直接かじって、蜜を吸うという知恵を持ち始めました。

花粉を体に付けないで蜜だけもらう、まるで泥棒です。
これを「盗蜜」といっています。写真左の○印、距のお尻が食いちぎられています。盗蜜は次世代に命をつなぐエゾエンゴサクにとって、大変な問題です。エゾエンゴサクは、これからどんな防御策を考えていくのでしょうか。蜜が溜まる距の部分が、噛まれても切れない厚い壁になるかもしれない。北大の先生は一つの可能性としてあげました。それを検証するには、今後数千年か数万年もかかります。悠久の世界で戦いながらも共存しあっているのが、植物と昆虫の世界です。
      
春の妖精
春植物はエゾエンゴサクや、カタクリだけではありません。

一般的に知られているものではフクジュソウ、キクザキイチゲ(写真右)やアズマイチゲなどのイチゲ類(アネモネと言われている)、キバナノアマナなど、可憐な花が限られた時間で精一杯の自己表現をしています。これらが斜面一面に咲く様を、地元のガイドは「山がわらう」と表現していました。春植物の命は、落葉高木が葉をつけ始めるまでです。

「悪いけど、これからは太陽の光は、おいらがもらうよ」

高木が葉をつけ、林床に光が届かなくなる5月上旬で、命を落とします。雪解けから始まった春植物の命は、はかないです。
英語で「スプリング エフェメラル」 ”春の妖精” とはよく言ったものです。けれど、見方によっては、必須の日光を植物同士で、時間差で賢く、住み分けているともいえます。

嵐山で植物観察していると、突然視界の利くところに出ました。悠々と流れる母なる川・石狩川に沿って発展した旭川市街が一望できました。その背後には、石狩川が端を発する北海道の屋根・大雪山系がばっちりです。一番右手が北海道最高峰の旭岳(2290m)で、まだ真っ白でした。

緯度の高い北海道は、標高1500mを越すともう森林限界です。大雪山系の雪が解けて、中腹に高山植物が咲き揃うのは7月下旬です。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。