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イベリア半島への旅(2)
【北の国からのエッセイ】 2009年06月17日

午後10時。リスボン空港到着直前の夜景に目を見張った。郊外にまで延びる街路灯が整然として、幾何学模様で道路を浮かび上がらせている。色も落ち着いたオレンジ一色だ。 こんな美しい夜景を見たことはない。函館や神戸・長崎、香港の夜景を上回る。咄嗟にポルトガルって何で食っているのか、と思った。

15~16世紀にかけて世界を制覇したいわゆる大航海時代以降、ぱっとしていない国だと思っていたが、どうやら私のほうが認識不足のようだった。

大航海時代の栄光
リスボンにあるポルトガル一番の歴史的建造物、ジェロニモス修道院を訪れた。この修道院の白亜の回廊にも驚かされた。(写真右)

正方形の中庭を囲むような回廊は、石造りの重厚な白い2階建てで、アーチには華麗な装飾が施されていた。大航海時代の香辛料貿易で得た、莫大な富がつぎ込まれたマヌエル様式の最高傑作だそうで、世界遺産にも指定されている。ポルトガルが、もっとも輝いていた時代の象徴なのだろう。

これらの富をもたらしたのは、アフリカ最南端の喜望峰を経てインド航路を発見した、バスコ・ダ・ガマである。バスコ・ダ・ガマの棺は、修道院に入って左側に安置されていた。(写真左)

ポルトガルの英雄で、神様として祀られているのだろうか。

修道院のすぐ近くに大西洋にそそぐテージョ川がある。その河畔に世界制覇のために出航する帆船の形をした巨大なモニュメントがあった。

大航海時代の幕を開いたエンリケ航海王子の500回忌を記念して、1960年に建てられたという。名づけて、発見のモニュメント。高さ50m以上ある舳先の先頭に立っているのがエンリケ王子、1人おいて3番目がバスコ・ダ・ガマだという。(写真右)

こうした建造物はテレビなどで時々拝見するが、何の感慨もなく荘重なコメントも右の耳から入って左の耳から出ていく。ところが、目の当たりにすると、その歴史的事実を体がしっかり受け止め、充実感に満たされる。

このモニュメント前の広場に、ポルトガルが世界に進出した地図が描かれていた。(写真下)

日本列島も刻まれており、年次が1541年と刻みこまれていた。
あれ?種子島にポルトガル人によって鉄砲が伝来した年とは違うと思った。

鉄砲伝来、銃後の良さ(1543) 中高校時代、歴史はこうした語呂あわせで覚え、いまだに忘れないで出てくる。ガイドによると、ポルトガル人は、種子島の2年前に、九州のどこかに漂着して上陸しているのだという。

鉄砲伝来は、戦国時代だった日本国内の戦いに、劇的な変化を与えたが、ポルトガルにとってそんなことはどうでもよく、漂着であれ、日本を発見した年の方が重要だということなのだろう。

ユーラシア大陸最西端
リスボンから車で1時間弱、ユーラシア大陸最西端というロカ岬を訪れた。風が強くて樹は生えてなく、岩肌に咲き残りの野花がへばりついていた。(写真下左)

なんとなく根室半島先端の納沙布岬を思い出す。短い時間でも黄色・ピンク・白など9種類の野花が観察できた。同じ岬でも、雨の降る北海道の植物とは違って、葉が多肉質で光沢があり、少雨で塩分を含んだ海風に耐えられる植物が岩肌を覆っていた。
 

岬のレストランの売店で、花を撮った絵葉書がないかと尋ねると、そんなものはないという顔をされた。南国ポルトガルの商売は、日本と大分違うと思った。一番目立った黄色い花は、帰国して調べてみると、カルボブローツス・エドゥリスというツルナ科の花だった。(写真上右)
日本のマツバギクに似たような花と書かれていた。

岬の先端にたつと、大西洋が一杯に広がっている。大航海時代、ポルトガル人は、この大海原に乗り出して、各地の海賊を打ち破り、世界をわがものにしたのかと思った。岬にユーラシア大陸最西端を記念する碑が立っていた。(写真右)

ここに地果て 海始まる  と刻みこまれていた。
これを詠んだ詩人カモンエスの棺は、ジェロニモス修道院の通路の右側に、左側のバスコ・ダ・ガマと対をなすように安置されていた。ふと、ロカ岬がユーラシア大陸の最西端なら、日本は東端ではないかと思った。

いまは陸続きではないけど、太古の時代、日本列島はユーラシア大陸から離れて島国になった。北海道十勝の幕別町忠類地区で、大陸とつながっていたことを証明するマンモスの化石が、日本列島では1969年に初めて、ほぼ完全な形で発掘されている。
(写真左:復元されたナウマンゾウ、北海道開拓記念館)

約12万年前という。そうか、今度の旅はユーラシア大陸の東端から、最西端に来たのかと思った。

そう思うと、旅の味がさらに深まった。(つづく)

望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。