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道東1,100キロの旅(2) ~ 樹木がつくる特異な景観 ~
【北の国からのエッセイ】 2009年07月15日

網走から知床半島の付け根の斜里にいたるオホーツク沿岸地方は、日本でもっとも雨量の少ない地域の一つであることは、余り知られていない。年間降水量はその年によって違うが、ざっと札幌の半分、東京の3分の1程度の雨しか降らない少雨乾燥地帯である。その一方で夏の気温は、結構高くなる。

先月、この地の一日の最高気温が沖縄を上回り、日本列島で一番高い気温を記録した日もあった。日照率の高さは全国有数である。冷涼で少雨乾燥、日照時間が多い気候を生かして、京セラなどの精密企業も進出している。

畑作防風林
網走から斜里方向に車を走らせると、ジャガイモ・ビート(サトウダイコン)・タマネギ畑の連続である。その畑に、あたかも地域を区分けするかのように、樹木が南北に走っている。

樹木は、北海道には自生していないカラマツの木が多く、人為的に植えたものであることがわかる。(写真右:背後の山は斜里岳)

なぜこんなところに帯状にカラマツの木があるのだろう。ジャガイモは、種芋を切って畑に植え、土を被せて芽が出るのを待つ。ところが、雨が少ないため土壌は乾燥し、オホーツク海からの強風で土が舞って、せっかく植えた種芋が露出してしまう。

そこで考え出されたのが、防風林である。
防風林は1~2カ所でない。広い網走地方に、延々と一直線に並んでいる木の帯は、特異な景観となって映る。単に樹木が並んでいるに過ぎないが、この地に開拓に入った人の労苦の一端が伺える証でもある。最近ではカラマツに代わって、ミズナラ・カシワなどの自生の木に切り替えようという動きもあるという。

根釧台地
オホーツク沿岸から車を内陸部に走らせると、見渡す限りの大原野がつづく。根釧台地と言われている地域である。

冷涼でガス(濃霧)がかかり、気温も上がらないこの地方には、もう作物は実らない。代わって牧草地がどこまでも広がっている。

人より牛の多い地域である。選挙になると人でなく、牛に向かって「お願いしま~す」。平穏を乱すスピーカーに、牛も「モウいいよ」と言いたいことだろう。

自治体でいうと中標津町・別海町などである。別海町は、一つの町で香川県より広い面積を持つ。道路はどこまでも一直線。前方に見える信号が切り替わるまでに車を走らせようとしても、信号設置場所まで行かないうちに信号がどんどん切り替わる。道路は長くて車は遅い。初めてこの地に入った人なら、こういう体験をお持ちのことだと思う。

格子状防風林
この根釧台地には、オホーツク沿岸よりもはるかに規模の大きい、巨大な防風林が延々と続いている。それも一直線でなく、格子状になっている。

防風林の巾は広いもので180mもある。今回、防風林の側を通ったが、余りにも近すぎて防風林とは思えない。どうみても立派な森である。 (写真右:畑の点々とした黒い物体はロール状の牧草・ラップサイロ  一個300kgほどあり、人間の手ではとても動かせない)

格子状の防風林の総延長は、縦横あわせて643km、東京から大阪を越えて姫路に至る。長さは万里の長城の10分の1もあり、巾は万里の長城よりはるかに広い。自然を利用して人間がつくった巨大な造作物である。

地元の歴史小説家は「グレート・グリーン・グリッド(偉大なる緑の格子)」と呼んだ。

この格子状防風林を広く紹介したのが、宇宙飛行士・毛利衛さんである。9年前の平成12年、スペースシャトル・エンデバーに搭乗した毛利さんが写したカメラに、格子状防風林がくっきりと映し出され、改めて地球規模的なスケールを見せつけてくれた。

毛利さんは「宇宙から見える防風林は、格子状の根釧台地にしかなかった」と話している。毛利さんが撮影した宇宙写真は、翌日訪れた霧多布湿原センターに偶然掲示されていた。(写真上:左上の湖は摩周湖・屈斜路湖)

こんな大規模な格子状防風林はどうしてできたのだろう。その歴史は、135年ほど前の明治初頭にさかのぼる。明治新政府が三顧の礼を以て開拓使顧問として迎えたアメリカの当時の農務長官ホーレス・ケプロンが、3.3kmごとに182m巾の防風林の設定を提唱。開墾も防風林を残す形で行われた。

防風林は、昭和30年代の農地開発促進時代に農地へ転換されていくが、その後、厳しい気象状況のもとで暮らすこの地の人にとっては、防風・防霧対策上必要だとして、逆に補強造林され、今日に至っている。現在は防風効果だけでなく、野生動物の住処にもなっている。

根釧台地の格子状防風林は、北海道開発の歴史の中で、人間が創りだし、守り育ててきた産業・自然遺産として、北海道遺産に指定されている。

地球が丸く見えるところ
このスケールの大きい造作物を、一望に見渡せるところがある。根釧台地のど真ん中にある、開陽台展望台である。

今回は行かなかったが、2年前に訪れた。海抜はわずかに235m。それでも、地球が丸く見える名所として知られ、眼下に格子状防風林が見渡せる。(写真右:07年8月)

隣には、東京ドームが167個も入る牧場がある。

開陽台は、ある人種にとって聖地として知られている。ライダーである。本州から見えるライダーは必ず立ち寄るという。どこに惹かれてここを訪れるのだろうかと思ったものである。

展望台の手すりにつかまったまま、じっと動かない若者がいたのを思い出す。(写真左:開陽台展望台)

テントを張って泊り込むものもいた。大都会の喧騒の中で暮らす若者は、その対極ともいえるこの地に立って、何を思っているのだろう。人間の力が小さく見えるのか、大自然の恐ろしさを感ずるのか、ここまで開拓した先人に思いをはせているのか。
自分を見直すいい機会として捉え、次のステップに向かってほしいと思ったものである。

展望台の高台に碑があった。碑には、「酪農郷が一望できるこの丘に感謝をこめて建立する」と書いてある。そして顕彰の対象はといえば、ケプロンでもケプロンを呼んだ黒田清隆でもなく、牛だった。
 

根釧台地の格子状防風林は、数ある北海道遺産のなかでも優れものの遺産である。(つづく)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。