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道東1,100キロの旅(3) ~ 最果ての砂嘴 木の墓場 ~
【北の国からのエッセイ】 2009年07月17日

知床半島と根室半島を結んだ海域は根室海峡で、北方領土と接する。その根室海峡に突き出た、釣り針状に湾曲した半島が、野付半島(のつけはんとう)である。

 

宇宙飛行士・毛利衛さんも、宇宙から野付半島をばっちり送ってくれた。(写真右)

対岸の国後島をはさんで、南下する潮流で運ばれた砂が堆積してできた、全長28kmの日本最大の砂嘴(さし)である。標高はほとんどなく、平坦な砂浜と湿地だけが続いている。自然はかくもすばらしい地形を与えてくれたものだと思いながら、左右の野花に目を配りつつ、とぼとぼ砂浜を歩いた。

花園の野付半島
6月末から7月はじめの野付半島は、野花の天国である。まさに原生花園だ。ここでは黄色いエゾカンゾウ(写真下左)、センダイハギ(写真下右)と赤いハマナス、白いエゾノシシウド、青のヒオウギアヤメなどが目立った。
 

蝶形のセンダイハギは風に揺られて、まるで蝶が乱舞して入るようだ。エゾカンゾウはユリ科の花で、存在感がある。本州ではニッコウキスゲと言われている花だ。ハマナスは四面海に囲まれている北海道の海岸どこに行っても観察される「北海道の花」である。

あでやかな花びらからは、浜辺の厳しい環境でも笑顔を絶やさない強さを感ずる。

ハマナスは皇太子妃雅子さまのお印でもある。雅子さまの身の回り品には、ハマナスの花が描かれていることであろう。雲上人のことはよく知らないが、ハマナスを見ては強く生きてほしいものだ。そういえば同じ場所で観察できたヒオウギアヤメは、皇太子の弟姫・秋篠宮紀子さまのお印だ。


トドワラ・ナラワラ
砂嘴の野付半島をどんどん進むと、砂浜から木道に変わる。と同時に花もなくなり、枯れた木の殺風景な景色に様変わりする。まるで木の墓標が林立しているようだ。この世の終わりを感じさせるこの光景は、トドワラといわれている。(写真右)

トドマツの林が、地盤沈下で根が海水に洗われ、立ったまま死に至ったものだ。木の墓場といわれる由縁である。ただ40年前に当地を訪れた私には、ずいぶん穏やかな墓場になったと感じる。というのは40年前は立ったまま息絶えた木が、もっと密度濃くあった。

40年後である現在、はずいぶん隙間が見えるように見えた。長い間に枯れ木は倒れ、あたかも流木のように横たわり、波に洗われて丸くなって、昔の殺風景さを緩和させている。けど、初めて訪れた人にとっては、この異様な光景に息を呑むことだろう。日本ではこの地でしか見られない自然の造形である。

野付半島は太平洋プレートがもぐりこんでいる関係で、日本では、もっとも地盤沈下が激しいところだといわれている。このため、野付半島の先端だけでなく、根元に近いミズナラ林でも枯れ木が目立ってきている。ナラワラと言われている。(写真左)

50年、100年単位でみると、トドワラ・ナラワラはさらに進み、この地域の地形や自然はもっと変わることだろう。


21字の植物
砂嘴の先端部分の木道を歩いていると、木道の脚や倒木に枯れ草がびっしりまつわりついていた。(写真下)

同行した学者が、突然お呪いみたいなことを言い始めた。 リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ」これがこの草の名前だという。日本で一番長い植物名だそうだ。21字もある。なぜこんな名前がついたのだろう。

「竜宮の乙姫の元結の切りはずし」である。

乙姫様の元結を切ったら、ばさっと髪が乱れて、海水に洗われ様を連想してつけた名前だという。なかなか風流な植物学者もいたものだ。この植物の一般的な名称はアマモである。

海に生育してるとはいえ、胞子で繁殖するワカメやコンブなどの海藻ではなく、種子で繁殖する海草である。水草といったほうが理解しやすいかもしれない。 アマモは当地特有ではなく、全国どこにでも観察され、古くは藻塩草といわれていた。

来ぬ人を まつ帆の浦の  夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ

藤原定家の代表作をお得意の札として、百人一首を楽しんだ方も多いことだろう。

超一級の絶滅危惧種
右に左に植物を観察しながら歩いていると、観光馬車がやってきた。じつにのどかな雰囲気である。車体に「はまなす号」と書かれていた。

「大きい鳥がいる」突然前のほうから鋭い声が飛んできた。私が鳥博士と呼んでいるご婦人の声だ。このご婦人、動体視力が優れているのか、見つけるのがやたら早い。彼女が見ているほうを見やると、確かにぽつんと鳥らしきものがいる。カメラを精一杯ズームインして、パチリ。手振れでボケている。


今度は持ってきた一脚を、メタボなお腹に当てて支え、パチリ。ようやくかろうじて見れる写真が撮れた。オジロワシである。(写真左)

翼を開けば2mに達する大型のワシだ。オジロワシはオオワシと並ぶ北海道東部を中心に生息している絶滅危惧種である。テレビや動物園ではよく見ているが、自然の中でみるオジロワシは初めてだ。オジロワシは微動だにしない。王者の風格がある。

「バスが出る時間ですよ。少し急いでください」案内人の声を聞き流しながらじっくりオジロワシを味わった。なんともいえない充実感を感じ、そよ風が快感となって頬をなでた。

隣り合わせの国後島
野付半島にはこのところ2年ごとに訪れている。食べるにしても泊るにしても何もないところのため、ここでは長居ができない。

今回はモヤがかかって見えなかったが、北方領土の国後島までわずか十数キロ、目と鼻のところにある。島を返せと叫べば、風に乗って国後島に届くかもしれない。(写真:北方四島返還「叫び」の像:別海町)

しかし、現総理の不必要な発言などで、最近ではもっとも声が届かない所に行ってしまった感じである。関係者は歯ぎしりしていることだろう。終戦時に故郷を追い出されて、この地域に住む元島民の高齢化は一段と進んで、生存者の多くは80歳を越えている。

手付かずの自然を鑑賞する楽しみと、領土問題をずしりと実感する国境の地、それが野付半島である。(つづく)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。