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道東1,100キロの旅(4) ~ 日本一のつつじガ原 ~
【北の国からのエッセイ】 2009年07月21日

道東めぐりをする人にとって、摩周湖は大きな魅力のある観光地である。

透明性の高い「青い摩周湖」、「霧の摩周湖」、その摩周湖が見れるかどうか、心弾む思いで観光客は展望台に上がる。
見えた神秘的な摩周湖を脳裏に焼き付けることだろうが、湖の背中の風景を焼き付けて展望台から降りてくる人は、どれほどいるだろうか。

ダケカンバ越しに眼下に見える中央には、山肌が硫黄でむき出しになっている硫黄山がある。その麓には、日本で最も低い所で生育しているハイマツと、ハイマツの空間を埋め尽くすようなイソツツジの白い花が限りなく続く。

まさに日本一のつつじガ原がそこにある。(写真:7年8月、摩周湖第一展望台より)

硫黄山と川湯温泉
硫黄山は海抜512m、それほど高い山ではない。
アイヌ語で 「アトサヌプリ」=「裸の山」 で、いまなお火山活動をつづけている。(写真左)
硫黄山の麓に着くと、卵の腐った臭いがまず鼻をつく。相当強い臭いだ。硫化水素ガスで枯れた木があちこちに残されて、趣のある景観を作っている。

山肌の黄色くなった噴気孔からは高熱が噴出しており、これを利用したゆで卵が名物だった。ところが暴力団の資金源になっているということがわかって、最近追放されてしまった。

硫黄山の麓に川湯温泉がある。名湯で知られる道内屈指の温泉だ。横綱大鵬の出身地でもあり、立派な相撲記念館も立っている。立像が大鵬の特徴をよく捉えており、ひと目で大鵬とわかる。

温泉宿に泊まると、いつもは夜だけでなく朝も温泉に浸かって温泉三昧を楽しむが、今回は朝5時半、地元のボランティアの案内で散策に出かけた。目的はイソツツジである。

低地でも生えるハイマツ
森に入ると、クマゲラの巣の跡や、厳しい寒さのため幹が縦に割れる「凍裂」を起こした木が観察できる。川湯温泉では真冬、氷点下30℃になることもあるという。温泉街から硫黄山までは3キロの道のりだが、硫黄山に近づくにつれ植物相が次第に変わっていくのに気づく。これまでの高木は姿を消し、ハイマツが主流となる。ハイマツといえば高い山に生育するマツだ。

北海道では1,500m前後の山、本州では2,500mのところまで行かなければ観察できない。山に登ったテレビリポーターが「ここではもうハイマツしか生えていません」などとよく言っている。ところが、硫黄山のふもとは、せいぜい海抜150mである。なぜこんな低いところにハイマツが生えているのだろう。

高山で生えるハイマツはホシガラスが実を食べることによって、種を散布し群落をつくる。ハイマツとは縁のない場所で、ときどきハイマツが見られる。

氏素性のはっきりしないハイマツを、専門家は「捨て子マツ」といっているという。おそらくホシガラスがとんでもない所にフンをしたのだろう。けど、硫黄山麓のハイマツは捨て子マツではない。立派なハイマツ林だ。(写真左:ハイマツ林を潜り抜ける散策者)

同行した専門家によると、緯度が高くて寒さが厳しいため、道東一帯ではそれほど高地でなくても、ハイマツが出現するという。それに加えて、ハイマツは酸性に強いため、他の木が育たない硫黄山の麓ではハイマツが主流になったという。その結果、硫黄山は、日本では最も低い所でハイマツが観察できる場所になっているそうだ。

面白いことに気づいた。ハイマツは山肌を這うように生育するというのが常識だ。だからハイマツというのだろう。ところが、ここではまだ硫黄の影響を受けない所で、ハイマツは他の高木と混じって背が高い。5mくらいはある。ハイマツでなくてタテマツになっている。なるほど、ハイマツといえども環境が良ければ、普通のマツと同じく天空に向かって伸びるのか。妙に納得した。

白いじゅうたん
ハイマツが這っているところでは高木がないため、光が林床まで届く。その光をうけてイソツツジが地面一杯に咲いている。

イソツツジはハイマツ同様、酸性に強い。訪れるのが1週間ほど遅かったか、花はちょっとトウを越していた。

けど、一面に広がるイソツツジは、まるで白いじゅうたんのようだ。見事な群落である。つつじガ原と呼ばれている。これほどまとまったイソツツジは、日本では他にないという。ただ、ここでのイソツツジの花は小柄だ。酸性に強いとはいえ、やはり限界があるのだろう。

遭難した山男の亡骸に、白いイソツツジを添えて別れを告げると聞いたことがある。亜高山地帯に咲く、清らかで香りの強いイソツツジは、山男を見送るのにぴったりの花だと思う。

鉱害 硫化水素ガス
硫黄山に近づくと、流木のような枯れた木があちこちにある。

みなハイマツである。(写真左)
近くには緑濃いハイマツがあるのに、どうして枯れたのだろう。

火山の噴気が活発になって高濃度の硫化水素が垂れ込め、その風下にあったハイマツのなれの果てだという。そのような条件が重なったときに人間がその場にいたら、人間も同じだっただろう、と同行した専門家はいう。

硫黄山は明治時代、釧路集治監(今の刑務所)の囚人によって硫黄の採掘が行われた。よく知られている網走は釧路集治監の分監だ。釧路集治監には当時の自由民権運動などの政治犯が多く収容された。

硫黄採掘は余りにも過酷で、囚人がバタバタ倒れて、わずか1年で中止になったという歴史がある。明治19年のことである。

パイオニアツリー
イソツツジの群落を歩くと、高さ4mほどのシラカンバ(シラカバ)の幼木に出会う。植林したのかと思うほどあちこちに見られる。(写真右)

実際には自然に生えたシラカンバである。シラカンバは風媒花であるため、風任せで繁殖する。このシラカンバは火山の爆発や山火事の跡に、いち早く生育する木、パイオニアツリーとして知られている。

大正15年5月大雪山系の十勝岳が大爆発を起こした。雪解け時期と重なって、雪は泥流となって麓の畑や民家、家畜を襲い、日本の火山爆発史上最悪の144人の犠牲者を出した。三浦綾子の小説「泥流地帯」に詳しく書かれている。

あれから半世紀もしないうちに、泥流の道筋となった所に見事なシラカバ並木が出現した。(写真左:正面は今なお噴煙を上げる十勝岳 8年9月)

私は、美瑛から十勝岳に向かうこのシラカバ街道が大好きだ。車で行けども行けどもシラカンバの連続、これは火山爆発の副産物である。

同行した専門家はこういった。硫黄山麓でシラカンバが大きくなるのは、イソツツジに影響を与え、余り好ましいことではない。けど、いつかは濃い硫化水素によってやられるので、そう心配することでもないかもしれない。

川湯温泉を訪れると、硫黄山の麓で写真を撮って卵を食べ、大鵬の記念館を見て温泉に浸かり、木彫りのおみやげ店を徘徊する―。

それもみな楽しいことだろうが、今度川湯温泉を訪れる機会があったら、温泉街の自然散策コースをぜひお勧めしたい。そこには厳しい自然環境のなかで、一般的な常識では通用しない植物の生きざまを見ることができる。

しかも、朝飯まえのハイキングで気持ちが良い。ホテルに戻って食べる朝食はバイキング~である。  (つづく)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。