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チロルの醍碁味(2)
【北の国からのエッセイ】 2009年08月13日

イシュグルは標高1377mのところにある。天気予報によると、首都ウイーンやザウツブルグが30度を越す猛暑になってるのに比べ、高原の風が吹いている。到着前日は雨で、山は雪になったらしい。晴れた翌日、山々の雪の白さに目を見張った。

山小屋の食事
私たちは囲碁漬けの一日を過ごしているというわけでもない。むしろ、日中は野山歩きが中心である。

陸路で現地に入ったドイツ人の車に分乗し、山小屋に向かった。山あいにあるイシュグルは全山スキー場と言ってもいいくらいで、ホテルでは避難用として山小屋を持っている。山小屋といっても、炊事はできるし冷蔵庫もあり、バーベキューができる。まだ雪残るアルプスの山々を見ながら、食べる食事は格段においしい。

食事のあとは、碁を打つのも、トレッキングに出かけるのも好き好きだ。私はもちろんトレッキングに参加した。

囲碁キチだった私も、最近は宗旨が変わってしまった。碁に対する執着心がなくなり、負けても少しも腹がたたなくなった。むしろ勝った相手が喜ぶのを見て、良いことをしたとも思うようになった。

代わって他のことに執着心をもつようになり、今回の旅にアルプスの植物など6冊の図鑑を持っていった。家内はスーツケースが重たくて、他のものが入らないと文句を言った。私が担ぐリュックサックやバッグに分散して、目立たないように持っていった。

野山歩き
トレッキングは標高1500~2000mくらいのところを毎日3~4時間歩く。これまで元気に歩いていた中山先生は、さすがに今回の滞在期間中一度も歩かなかった。他の参加者にもトレッキングを敬遠する人が見られた。7年ぶりにお会いした人たちもそれぞれ高齢に達し、自らの体力と相談した結果なのだろう。





緩やかな上りの左右は一面のお花畑である。アルプス特有の花が咲いていて、すぐには名前はわからない。その中で、紅いコウリンタンポポ・黄色のリュウキンカ・緑のバイケイソウ・白いセリ科の植物など、北海道の山野におなじみの花が観察されると、なんとなく嬉しくなってしまう。同行のご婦人は年齢を忘れて、お花畑にしゃがみ、アルプスのハイジの気分に浸っている。


アルプスの風にのる臭い

からんころん からんころん

ときどき澄んだ音が聞えてきた。放牧されている牛の首につけられた鈴の音である。黙々と自然の草を食んでいる牛を見ると、この辺の牛は絶対BSE(狂牛病=牛海綿状脳症)にはかからないと思った。

ヨーロッパアルプスというとスイスをすぐ連想する。スイスの景観も素晴らしいが、大勢の観光客ですでに俗化されている。それに比べるとオーストリア側は鄙びて田舎くさい。自然豊かなアルプスの懐を歩いているんだなあという気持ちになる。風に乗って、牛糞の臭いがぷ~んとしてきた。この地にふさわしいやわらかな臭いだった。

大河の源流
山から雪解けの清水が流れ落ちている。水は道路に接するところで左右に分かれて、流れ下っている。そこに、一本の標識が立っていた。右に流れてドナウ川、左に流れてライン川と記されていた。ヨーロッパの大河の源流だ。

ドナウ川はドイツ・ハンガリー・ルーマニアなどの東欧諸国を流れて黒海に注ぐ2860km、ヨーロッパ第2の大河である。ライン川はスイス・フランス・ドイツ・オランダから大西洋に流れる1320km、日本一の信濃川の4倍近い大河だ。

ただ、公式にはそれぞれの大河の源流は別のところらしい。けど、此の辺の山から流れ落ちて左右に分かれる水は合流せず、それぞれドナウ川とライン川の支流に流れていくという。


面白いことに気づいた。標識が7年前と違う。7年前は木でできており、ドナウ川とライン川の方向をそれぞれ指差していた。(写真:2002年7月、中山先生と私)

ところが、今回見たのは長方形の鉄板だった。7年前の木の標識は朽ちてしまったのか、それとも観光客が記念に失敬したのだろうか。趣のある標識だっただけに、鉄板の標識が実に味気ない。

「望田さん 奥さんと一緒にどうぞ」同行者にすすめられて、生き別れの記念にと家内と一緒に記念写真を撮ってもらった。恥ずかしくてお見せできるものではない。

清水に手をいれると、手が切れるくらい冷たい。飲んで見ようと思ったが、牛糞とともにある清水だと思って止めた。

青い空に白い雪の麓に広がるお花畑は、足の疲れを忘れさせてくれる。紫外線が強く半袖からでた両腕は、お風呂に入ったとき真赤になっているのに気づいた。(つづく)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。