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チロルの醍碁味(4)
【北の国からのエッセイ】 2009年08月19日

教会に寄り添う山あいの村
オーストリアはカトリックの国である。どんな小さな集落でも教会は必ずある。

大都市では余り感じないが、小さな集落を訪ねると村人は教会と共に生活しているということがよくわかる。つまり、集落は教会を中心に作り上げられている。おそらく教会の一番近いところにある建物は、集落の実力者が居を構えているのだろう。私たちがお世話になったイシュグルのホテルは教会のすぐ近くにあり、旧ハプスブルグ家ともご縁のある古くからのホテルのようだ。

チロルの民族衣装
週末の日曜日、教会のミサに集まった信者によって、村を練り歩く行事が始まった。教会の旗を先頭に、チロルの民族衣装に身を包んだ老若男女が、音楽隊の先導で町を練り歩いた。森の町にふさわしく、斧を持つ木こりから、鉄砲を持ったハンター、山火事を消す消防夫などが続いた。女性はかわいい前掛けをしている。先頭の牧師が聖書を読み、後に続くコーラスグループが賛美歌を歌った。夜には教会でコンサートも開かれた。

教会は単なる宗教施設でなく、結婚式や文化施設にもなっている。人生の終焉のときしか、宗教との関わりのない者にとって、日常の中に宗教がある生活をみると、異国情緒を強く感じる。(写真右:背後が教会、右手階段上が投宿ホテル)

イシュグル村ではどこにいっても、家々のベランダや垣根に花が飾られている。花のある生活は人間の気持ちを豊かにする。チロルの人たちの長年の生活の知恵なのだろう。

雪崩のきず跡
アルプスの深い谷あいに位置するチロル地方は、絶えず雪崩の危険に晒されている。

山のあちこちに縦に森林が削り取られているのを簡単に見ることができる。雪崩の跡だ。山に雪が降った翌日、山肌に幾何学的な模様ができているのに気づいた。山の中腹から頂上にかけて、幾重にも雪崩防止柵が設置されていた。(写真右)その数無数。北海道でも見たことがない大掛かりな雪崩防止柵だ。

夏なのでうっすらと積もった雪は一日にして溶ける。翌日、頂上を見上げると、もう雪崩防止柵はよく見えない。山肌の緑に同化して、低木の木のように見え、目を凝らさない限り柵だとは気づかない。

ちょうど10年前の1999年の2月、スキー客で賑わうこの地域に大雪崩が発生した。死者・行方不明者は30名を越す大惨事となった。それだけではない。雪崩で道路が封鎖されて、集落はあちこちで孤立し、数千人のスキー客が閉じ込められた。この緊急事態にドイツ軍とアメリカ軍のヘリコプターが総動員され、スキー客と住民を次々に吊り上げて救出した。この模様は日本の衛星放送でも放送され、私は土地勘があっただけに食い入るようにニュースを見たことを覚えている。
今回、その現場跡を通った。(写真左)いく筋もの雪崩跡が見える。山肌には草が生え、大惨事があったとは思えないスロープが続いていた。林の間を抜けるスキーの林間コースのようにも見えた。

ただ、所々に石をコンクリートで固めた石塁が、住宅の背後に作られていた。象徴的な石塁を見つけた。(写真下)山小屋にいったとき、山小屋の背後に鋭角的な石塁があった。雪崩が押し寄せても、左右に振り分けて勢いを弱め、石塁で保護されている谷あいの山小屋が、押しつぶされないように工夫されていた。雪崩常襲地帯の生活の知恵といえようか。

ロープが垂れ下がっているヘリコプターが、山の上を旋回していた。建設資材でも山に挙げてるのかと思って、地元の人に聞いてみた。山に石灰をまいて、雪崩跡の木の根つきを促しているのだという。雪崩の恐怖を常に感じつつ、森と共に生きている村だと実感した。




トムラウシ大量遭難
日本を発ってすぐ、大雪山系トムラウシで大量遭難があったということを、インターネットで知った。亡くなった方にはお気の毒だが、かねてから本州の熟年神風登山客は北海道の山を甘く見ている、いずれこういう事故が起きると思っていた。

北海道は海抜1500mでもう森林限界に達する。気象条件は厳しく、ハイマツはこれ以上生えない。本州の2500mに相当する。今回のトムラウシは2000mちょっとあるので、本州の3000mクラスだ。こうした山に、65歳前後の男女が相当きつい日程で入っている。

左の写真は昨年9月、麓の美瑛が丘から撮影したトムラウシ山である。左に旭岳、右に美瑛富士・十勝岳とつづくが、余りに広いため一枚の写真には収まりきれない。今回は北海道最高峰の旭岳(2291m)からトムラウシ、美瑛岳へと縦走する計画だったようだ。北海道の2000m級の山の縦走を、奥多摩よりちょっと高い山の縦走程度と見ていたのではないか。

7月、旭岳をハイヒールで登っている女性を見たことがある。天気がよければ何でもいいだろう。けど、山の天気は変わりやすい、雨でも降ったらどうするのかと思ったものだ。写真:十勝岳望岳台から旭岳山頂を望む(8.9.30)

トムラウシは大雪山系のもっとも奥まった部分だ。明治の文豪で、こよなく山と酒を愛した大町桂月が遺した名言がある。

富士山を登らずして山の高さを語るなかれ、
大雪山を登らずして山の大きさを語るなかれ、


桂月がこう喝破したほど大雪山系は広くて大きい。

大雪山という山はない。阿蘇山と同じく、いくつかの山の集合体である。

この広い大雪山系を熟年パーテイが縦走するなんて、私に言わせると無謀で、お気の毒だが少しも同情はわかない。私など怖くて行かれないところである。行けばすばらしい高山植物の花園であろう。その一方で、どう猛なヒグマの棲息地でもある。

トムラウシはベテランの山岳会や、大学山岳部の連中が登る山だ。ガイドにも問題はあったかもしれない。利益優先の旅行会社に、自らの命を預けるような山登りはするなと言いたい。自分で天気図が読めない人が行く山ではない。

遭難者の死因は凍死だという。氷点下が当たり前の大雪山系で、氷点下でもないのに凍死とはいかに安易な装備であったことか。氷雨を全身に受け、世の非情を嘆いてももう遅い。

当記事の執筆現在、引き続きヨーロッパに滞在中で、インターネットで事故の概要しか知らない。新聞の論調が気になるところだが、いつも心配していたことが起きたという感じだ。

それにしても、最近日本100名山めぐりと称しての神風登山は目に余る。氷河の浸食作用によってできたヨーロッパアルプスのカール(写真左)を目の前にみながら、トムラウシ遭難事故は熟年登山者に大きな警鐘となったことだろうと思った。(つづく)。
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。