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オランダ田舎見聞記(中) ~離島の国立公園~
【北の国からのエッセイ】 2009年08月31日

オランダの国土の多くは干拓地である。4分の1が水面下であるという。

北海に面するオランダに、鎖状に並んでいる島がある。西フリースランド諸島である。その東側にスヒールモニコーフ島という島がある。ドイツ国境に近い。

日本で言えば、首都アムステルダムが東京なら、グロニンゲンは札幌、スヒールモニコーフ島は礼文島といったところだろうか。自然景観に恵まれ、島全体が国立公園に指定されているという。イベントの休日、島を訪れた。

バイクフェリー
オランダ北部は酪農地帯である。グロニンゲンからバスで牧草地をひた走ること50分、島に行く船着場に着いた。

オランダで最初に指定された国立公園とあって、訪れる人は多く、フェリーは行楽客であふれた。

フェリーの船腹を見て驚いた。積んでいるのは自転車ばかりである。車はない。これではカーフェリーでなく、バイクフェリーだ。オランダの人はこんなに自転車を愛しているのかと思った。

あとでわかったことだが、島では住んでいる人しか車を利用できないことになっており、外から訪れる人は、徒歩か自転車しか交通手段はないという。

島に向かうフェリーは実にゆっくりである。海には波はなく、まるで湖のようだ。

左右を見ると干潟があちこちに見える。鳥が無数にいる。

これらの干潟がいずれは土地になるとすれば、オランダはすごい「含み資産」を持ってることになると思った。


島に近づくにつれ、上空に物体が浮かんでいるのに気づいた。鳥かな、ヘリコプターかな。双眼鏡で覗いてみると、それは凧であることがわかった。

よく見ると、漢字が一文字大きく書かれている。双眼鏡は私しか持っていなかった。どこに行くにも双眼鏡とルーペは欠かしたことがない。

仲間に「漢字が書いてある」と言っても誰も信じない。そりゃそうだろう。こんなところに漢字があるわけない。次第に大きくなる凧からはっきり「碁」と読み取れた。

私たちは、グロニンゲンで開催されている「ヨーロッパ碁コングレス」のイベントに参加している。島民の歓迎アイデアに感激し、遠くて小さな離島がぐっと身近に感じられた。

特別保護地域
海の浅いところを避けてゆっくり進んだフェリーは、小一時間かけて島に着いた。島は長さ16キロ、巾4キロの細長い島である。

島の住民は900人ほどだが、夏の観光シーズンになると数倍に膨れ上がるという。小さな入り江には海水浴を楽しむ子供たちで賑わっていた。

島で生まれ育ったという古老の案内で、島を歩いた。水を好むハンノキ、荒地でも育つシラカンバ、そしてどんぐりのなるオークなどが多く観察される。ただ、樹幹は太くない。第二次世界大戦中、ドイツ軍に占領され、森は荒れたという。

島は湿地帯でもある。いわゆる塩湿地だ。日本で言えば、九州・有明海や北海道・野付半島のような湿地であろうか。オランダでは一番早く国立公園に指定され、特に鳥の繁殖地として特別保護地域になっているという。花はシーズンが終わって、わずかに見たことのない花が咲いていた。

 

オランダの植物図鑑を購入し、調べてみたがよくわからない。右の白い花はウメバチソウの仲間だろうか。島の5月は野花が一杯だという。古老に花の質問をすると、今度5月にいらっしゃいといわれた。

島は細長い。帰路は同じような道を戻るのも大変だ。馬車に乗った。2台の馬車に分乗した私たちだが、たまたま私は若い女性が手綱を持つ先頭の馬車に乗った。


彼女はときどき後ろを振り向き、後ろの馬車を御している父親らしい男性の動きを覗いた。すると、歩いていた2頭の馬が早足となった。しばらくすると駆け足にもなった。娘は巧みに手綱を操っている。

30分は乗っただろうか、こんなに長く馬車に乗ったのは初めてだ。
馬車の降り際、娘に「いくつ?」と尋ねたら「エイティーン」という明るい声が戻ってきた。チャーミングな娘の顔にはそばかすがあちこちにあった。

オランダの聞いたこともない離島、スヒールモニコーフ島で自然散策をするとは思いも寄らなかった。二度と訪れることがないであろう島を、フェリーの甲板に立って見えなくなるまで見届けた。(つづく)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。