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壮絶な半目差 囲碁名人戦
【北の国からのエッセイ】 2009年09月09日

第34期囲碁名人戦7番勝負が始まった。第一局の対局場所は札幌である。地方に住んでいるとプロ棋士に接する機会が少なく、こうしたビッグイベントが開かれると、ナマの雰囲気を味わいたくなる。札幌では今年、棋聖戦に次ぐビッグイベント第2弾である。普段は囲碁からすっかりご無沙汰しているのに、体がムズムズ、前夜祭から対局期間中の3日間、他のルーティーンを完全ストップさせて囲碁三昧にどっぷり浸かった。

見たい対局 NO.1
抜けるような青空とはこういうのをいうのだろうか。名人戦を歓迎するようなことし初めての天空高い秋の空が2日札幌に広がった。

史上初の5冠王となり全盛期を迎えた張栩名人に挑戦するのは、数々の最年少記録を塗り替え、いまもっとも勢いのある20歳の井山裕太8段、去年と同じ組み合わせである。

張栩名人にとっては、7冠の大偉業に向けてのスタートとなり、井山挑戦者にとっては、仮にタイトルをとれば、師匠の林海峰9段が持っていた最年少名人23歳を大幅に塗り替える快挙となる。

44年前に弱冠23歳で林海峰9段が挑戦者になったとき、昭和の鬼才・坂田栄男名人は「名人は20代でとれる筈はない」と豪語して敗れた、後世に残る勝負があった。

火花を散らす 前夜祭
挑戦者の井山8段は、今年の成績は31勝11敗、全プロ棋士中ダントツの勝ち星である。対する張名人も24勝7敗と勝率ではダントツ、いわば今年もっとも打てている両雄の対決となった。

井山挑戦者が張栩1強時代に穴を開けることができるのか、それとも張栩名人が若き挑戦者をはね退けてひきつづき棋界に君臨するのか、前夜祭では多くのファンの熱い拍手に迎えられて2人の主役が会場に登場した。小柄なお2人であるが、参加者の熱い視線を浴びた2人はとても大きく見えた。

対局者の挨拶が始まった。ざわついていた会場は、シーンとなって、両者がどういう話をするのか耳目をそばだてた。最初にマイクを握った井山挑戦者「全勝したリーグ戦では納得のいく碁が打てた。北海道は初めてで、来て見たいと思っていた。素晴らしい環境の中で、自分の成長をお見せできるようがんばりたい」20歳とは思えない落ち着いたスピーチだ。(写真下右)

 

対する張名人「名人戦という最高の舞台で戦えることは嬉しく光栄だ。名人の名にふさわしい碁が打てるようがんばりたい」短いながらも締まった挨拶で抱負を語った。(写真上左)

明日の本番を前に早めに会場を後にした2人の主役に代わって、脇役の先生方がマイクを握って名人戦の見所を披露した。当事者がいないので本音が聞かれる。
新聞解説の河野臨9段(写真下左から4人目)
「張名人の読みの正確さ・速さはもちろんだが判断力がすごい。対する井山挑戦者は読みがしっかりしている上、感覚が抜群、面白くなること間違いない」
衛星放送解説の王銘エン9段(写真下左から3人目)
「井山さんは相変わらず順調に勝っている。個人的には張さんは調子が落ちているのではないかと思う。昨年から活躍してまだビッグタイトルに届かず、エネルギーが溜まっている井山さんが先行する気がする。そのあと名人が本気を出すのではないか」
大盤解説のマイケル・レドモンド9段(写真左から2人目)
「井山さんは抜群の成績で碁の内容も良い。昨年は張名人の方がちょっと強いかなという感じだったが、今は接近している」

立会人の石田芳夫24世本因坊(写真左から1人目)
「晴れの名人戦で戦えるのは2人にとって幸せ、充実感にあふれていると思う。今期名人戦は最後まで昨年以上の内容が見られ、たぶん7局まで行くのではないか。」 このように述べた石田24世本因坊は、つづけて面白い話を披露した。

「張名人が21才のときに本因坊になりかかったのを、ここにいる王銘エン君ががんばった。そのおかげで三大棋戦では私の最年少記録の22歳はいまだに破られていない。ぜひ井山君には破っていただきたいが、張名人は自分が新記録を達成できなかったから、井山君に達成させるわけにはいかない。そういう構図がある。今期名人戦は最高の形で火蓋を切った。」石田9段は味のある見所を紹介して話を締めくくった。

裕太の厳しいおじいさん
もう10年以上前になるだろうか。小学校低学年の小さい井山裕太君がプロの先生の指導碁で碁盤の前に座っていた。童顔というよりは、やけに顔が長かった。場所は軽井沢セミナー、指導碁の先生は3面打ちで裕太君の4子局だったと思う。裕太君の傍らには、おじいちゃんが座って棋譜を採っていた。

私はそれまでも何度かあちこちでおじいちゃんと裕太君の2人3脚を目撃していた。おじいちゃんにとって孫がかわいくて仕方がないのだろう。大阪から車で裕太君を連れて各地のイベントに参加していた。中盤になって指導碁の先生が他の碁盤に向かっているとき、黙々と棋譜を採っていたおじいちゃんが突然押し殺したような声で鋭く言葉を発した。「裕太、投げなさい」私は自分の耳を疑った。まだ中盤、勝負はこれからだと思っていたのだ。裕太君はおじいちゃんの指示に従って黙って投了した。

私は不思議でたまらなかった。一度も話したこともないおじいちゃんに尋ねてみた。「なぜ、投げろと言ったのですか」おじいちゃん曰く「中盤ですでにタイになっています」。

なるほど、置き碁のメリットがもうなくなっているということか、終盤のヨセになるとどんどん差がつくのは必定だ。おじいちゃんは最後まで打ってみようなどというぬるま湯的姿勢を許さなかった。これはすごいスパルタ教育だと思った。厳しかったおじいちゃんはすでに他界した。おじいちゃんのおかげで今日の自分があると、裕太は後に述べている。

その裕太君がいま最高の舞台に立っている。

積極相撲と横綱相撲
張名人が握った石は20個、井山挑戦者が置いた石は1個、張名人先番で始まった一手目は星、小目が定番の張名人にしては珍しい。そういえば張名人は対局室に10分前から入って待機しているのも珍しいという。気合が入っているな、張名人。

序盤右下から新手が登場し、いかにも若手の気合が激しくぶつかり合っている。ただ大盤解説のレドモンド君に言わせると、張名人は研究済みだと河野9段が言っていたという。詳細は朝日新聞や専門誌に譲るが、初日の打ち方は井山君が堂々とした横綱の打ち方だという。対する張名人は積極的な打ち方で大石を獲る姿勢をみせた。しかしプロの大石はなかなか死なない。衛星放送では簡単に優劣はいえないが、初日に関する限り、控え室のプロ棋士は圧倒的に白を持ちたい雰囲気だという。私には全くわからない。


それにしても張名人はしきりに爪を噛んでいる。張名人の爪には何か特別な味がついているのだろうか。対局中ほとんど爪を噛んでいる。(写真右)

ジョークにはジョークで応じる大盤解説の聞き役、播幡多恵子3段に聞いてみようと思ったが、前夜祭以降話しかける機会はなかった。小さいとき爪を噛むと、みっともないから止めなさいと母親に叱られたものだ。もしかしたら張名人の爪には、集中力を高めるエキスが塗られているのかもしれない。

半目を搾り出す脳水
2日目、いそいそ対局場のホテルに向かった。すでに会場はファンであふれている。午後の段階でも、引き続き白の井山挑戦者が厚いかと思っていた。しかし、レドモンド9段は、「細かい、半目勝負か」ともいう。まだヨセの段階でもないのに、もうわかるのだろうか。こんなに早くわかってたら半目の差は指運の差だとは言えない。

レドモンド9段の実に丁寧な解説には定評がある。50手を越える推定図を壊しては作り、壊しては作って解説する。石並べのアルバイトをしている北大囲碁部の猛者も大変だ。(写真左)

レドモンド9段に続いて登場した衛星放送の解説者の王銘エン9段に至っては、左下のコウで謝ったほうが半目負けるでしょうと、これまた明快だ。けど、勝負がつくまでまだ数時間はかかるという。それでも半目勝負とわかるのか。プロの読みと形勢判断は恐ろしい。コウ争いが延々と続く。

次第に半目は張名人に傾きつつある解説となる。残り時間は井山挑戦者は秒読みであるのに対し、張名人は1時間以上残している。ここにきて張名人が一手一手時間を使っている。コウをやっては最善の手を求めている。こちらが6分の1小さい、大きいという計算を人はしているという。3分の1でもわからないのについていけない。これが張名人のもっとも得意のスタイルだという。

石は割れない、1個が最小単位ではないかと強がりを言いたくなる。王銘エン9段は衛星放送2日目の午後の中継で、こんなに難しい神経を使う局面が続いたのは、最近ないのではないかと述べていた。テレビ生放送が終わっても続いた対局は、午後7時半過ぎ終局した。

304手の大熱戦である。つくってみるとやはり半目差、勝利の女神は張名人についた。昼から6時間、最後まで見ていてどっと疲れが出た。対局者は何おか言わんやであろう、それでも感想戦をやっている。

惜福
大盤解説の途中で恒例の次の一手クイズがあった。幸い当選し、対局者のサイン入り扇子をもらった。
お2人とも丁寧に押印してあり、いかにも価値がありそうな扇子だ。(写真左)

井山挑戦者は「心」と書いたのに対し、張名人は「惜福」と記していた。聞いたことのない言葉だ。どういう意味かと尋ねたら「幸いにして得た運を大切にする」という意味だそうだ。

天下をとってもなお控えめな張名人のお人柄が伝わる言葉だと思った。第2局以降が楽しみな名人戦である。 (完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。