_blank
     
大通公園100年(3) ~商業地か逍遥地か~
【北の国からのエッセイ】 2009年09月16日

ランドスケープと言う言葉を聞いたことあるでしょうか。いろいろな分野で使われているようだが、直訳すれば風景、景観と言うことだろうか。自然環境や公園緑地といった空間を効率的に維持管理することがランドスケープマネージメントであり、これらに関わっている人はランドスケープコンサルタントというそうだ。平たく言えば、昔からの植木屋さんから、大学で建築学からデザイン学を学んだ人まで、ランドスケープコンサルタントといえるだろうか。

大通公園100年の節目のこの夏、ランドスケープシンポジウムが造園学会・造園建設業協会・緑化建設業協会などによって初めて開催された。

公園の価値
大通公園は何のためにあるの、歴史や文化を感じないのはなぜだろう、大通公園は道路?公園?それとも広場?なぜ一日中陽があたるという特徴が生かせないのだろう。

シンポジウムに参加して、今まで意識していなかったことを知らされて唖然とする。これまでは都心の緑豊な大通公園を漠然と楽しんでいたが、公園を専門的に分析している人の話を聞くと、いろいろな問題があることに気づかされる。

札幌の大通公園は、大都会の公園としては日本では特筆すべきものであるらしい。ところが、同じように道路に面して長いパリのシャンゼリゼ公園と比べてみると、文化も落ち着きも感じられないという。

なぜだろう。

識者の指摘によると、大通公園は5月の一時期を除いて、提灯がぶら下がってないときはないという。つまり、次から次へと大通公園でイベントが行われている。

そういわれて振り返ると
2月 さっぽろ雪まつり
5月 ライラックまつり
6月 YOSAKOIソーランまつり(写真右上)
        さっぽろ花フェスタ
7月 夏まつりビアガーデン(写真右・オープン前の午前)
8月 盆踊り、北海道マラソンゴール地点
9月 さっぽろオータムフェスタ(収穫祭)
11月 ミュンヘン・クリスマス市
12月 ホワイトイルミネーション

主だったものだけでも両手の指だけで足りず、とりわけ噴水が稼動している観光シーズンはイベントがビッシリだ。一つのイベントが終わると、翌日にはステージや小屋があっという間に取り外され、すぐ次のイベントの準備が始まっている。有効利用されていいではないかと思っていたが、それによって公園の価値を下げ、単なる広場になってるのではないかと指摘する。

都市の文化度はオープンカフェの椅子の数で決まるという。成熟都市のオープンカフェは、古くから文化として継承されてるという。ヨーロッパで言うオープンカフェは大通公園にはなく、周辺はビルばかりで週末になるとシャッターを下ろしている。

しいて求めるならば、とうきび売りのワゴン車だろうか。(写真左)風物詩になっているとはいえ、所詮1本300円、1シーズン数億円の売り上げとなる商売道具である。

噴水の周囲やベンチでトウモロコシをかじりながら、緑の中でコミュニケーションを楽しむー

う~ん、それなりに趣はあっても、オープンカフェとは余りにも程遠いイメージだ。今の大通公園は人集めのため、経済機能が優先されて、公園が本来持っている逍遥地としての機能が片隅に追いやられているといえる。

衣替えする創成川
札幌都心に創成川が南北に流れている。幕末に来道した二宮尊徳の弟子、大友亀太郎(写真右)によって、灌漑用水として手掘りで掘られた人工の川で、明治初めまで「大友堀」と言われていた。

東西に伸びる大通公園と交差するところに、テレビ塔が立っている。このテレビ塔から住所の番地が南北だけでなく、東西へも1条・2条…へと伸びている。テレビ塔は札幌のへそと言える。

川の流れを止めて創成川の下に道路を作る立体工事が、ここ数年延々と続いていた。あと2年で完成し、再び創成川はよみがえる。そのとき、創成川は単なる川ではなく、両側に空間を持つ逍遥地として生まれ変わる。つまり、東西の大通公園と、南北の創成川の逍遥の地が、T字型となって結ばれる形となり、街の景観は一変する。

川の流れに沿って北海道の代表的な木であるハルニレとカツラが、植樹される。写真左は今年になって久しぶりに姿を見せた創成川で、工事のため閉鎖され、川の水は別に作った導管に流されている。今後両側が逍遥地として整備され植樹されるとともに、水も戻ってくる。(テレビ塔右手がNHK)上の亀太郎は工事前の写真(02年5月)で現在移転、完成後当地に戻ってくる。この2つの特長を生かした公園の有機的な活用の仕方が、今後議論されることになるだろう。

ただ、テレビ塔の鉄塔の足の部分によって丁字型逍遥地は遮られる。テレビ塔は札幌にもテレビが映るよう昭和32年、市民の期待に応えて建設され、その隣にNHK札幌放送局が進出した。ところが今では、テレビの電波送信機能は他に移り、僅かにFMをだしているだけで代替はきく。

その一方でテレビ塔の足の部分の一角は、ごちゃごちゃしたみやげ物店などが立ち並ぶ商業地となっている。そこで長年札幌のシンボルとなっているテレビ塔不要論が出てくる。(つづく)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。