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森の秋

【北の国からのエッセイ】 2009年10月07日
10月3日は中秋の名月だった。よく晴れてウサギの餅つきらしき影もよく見えた。札幌では秋分の日を境に、日の出は遅く、日没が一段と早くなってきている。毎日昼の時間が一日5~6分づつ短くなっている。10日間で30分は昼の時間が短くなるのだから、この時期の季節の移り変わりは早い。

世界3大平地林
草花よりは樹木に関心を持つ仲間に誘われ、久しぶりに札幌近郊の森に入った。上空には澄んだ青い空に、秋のやわらかそうな雲が浮かんでおり、絶好の行楽日和だ。札幌近郊の野幌(のっぽろ)森林公園は、私にとっては自然観察のホームグラウンドである。すでに100回は入っているだろうか。しかし余りにも広く、同じところばかり歩いているので、まだ森全体の20%も踏破していないと思う。なにしろ東京都港区とほぼ同じ面積があり、平地の森としては日本一の広さだ。森は札幌市・江別市・北広島市3市にまたがる。

最近、世界三大平地林という言葉を知った。ウイーンの森(オーストリア)、シュバルツバルトの森(ドイツ)、それに野幌の森がそれに該当するという。野幌の森は、都市近郊の平地林としては世界有数の規模ということなのだろう。



今回は定番だったコースの正反対にある入り口から入った。車がなければ入れないコースで、今までは入ったこともない。地図右の赤の太い線のコースおよそ5.5キロである。

野幌の森自体は大勢の人が入っており、とくに休日は森林浴を楽しむ人で賑わう。しかし、今回入るコースは魅力はあっても交通の便が悪く、もっとも人気薄のコースだ。しかも相当、森の奥に入る。

木を観察するのが楽しくてしようがないという、自然観察3年目の言いだしっぺのご婦人にとっては、怖いものはないようだ。私自身も久しぶりに新鮮さを感じる散策となった。

日本の森の巨木100選
歩き始めてまもなく、雑木林の中に抜きん出たひときわ大きい木に遭遇した。

クリの木である。(写真左)
余り大きすぎてカメラのファインダーにおさまらない。近くに行くと周囲にロープが張られて、一部英語の立て札が立っていた。

The 100 Forest Giant of Japan.

日本の巨木100選のひとつである。選んだのは林野庁の巨樹・巨木保護中央協議会と書いてある。もちろん北海道でももっとも大きいクリの木で、樹高18m、幹周り4.5m、樹齢は800年だという。

野幌から栗山・夕張にかけての石狩低地帯は、温帯林と亜寒帯林のラインとされ、この辺がクリの木の北限とされている。ただクリの実はさすがに小さく、丹波栗のように大きくはならない。それでも大木の下には剥いたと見られるイガグリが無数に落ちていた。

かねてから聞いていた野幌の名物巨木を、出発まもなく観察でき「ああ来てよかった」と早くも満足感を感じる。

人工林のスギ


しばらく歩くとスギ林に出会う。あれ、こんな森の中になぜスギがあるの?と思った。相当まとまって天に向かってすくすくと伸びている。スギは日本ではもっともポピュラーな木であるが、北海道では函館の一部を除いて自生していない木である。したがって北海道にはスギ花粉症はない。

建材としての利用度は抜群で、昔から秋田杉・吉野杉などは、美林として知られている。明治時代の北海道の国の役所であった開拓使は、広大な北海道にもスギを植えて建材の大供給地にしようと、早い時期から植林を試みた。一番最初に植えたところが札幌・円山の麓を流れる円山川沿いである。

円山はいまでこそ都心であるが、明治の初めは原生林がどんどん倒されて空間が造られていく時代である。植林の結果、スギは寒冷地には向かないとわかって、その後大々的な植林は行われていない。

しかし今でも円山の麓から円山動物園にかけて、当時植林したスギが数十本残って、散策路となっている。(写真左:2009年5月)

日本の林業は従事者の高齢化や、安い輸入材が入ったこともあって経営は苦しく、その結果、山は荒れ放題になっている。しかし戦前までは重要な産業のひとつで、その中心がスギであった。

♪・・・丸々坊主のはげ山は いつでもみんなの笑いもの これこれ杉の子おきなさい  お日さま にこにこ 声かけて 声かけて ♪

60代から70代以上の方なら、一度は歌ったことはあるだろうこの童謡は、国策としてスギの植林を奨励した証の唄だったとも言える。野幌のスギは明治から大正時代に植えられたという標識があった。ちょうど90年ほど前になるが、植林は種からでなく幼木を植えるので、ちょうど100年くらいのスギの木と推定される。この付近にはスギだけでなく、神社の境内によく見られるサワラや、この木で造られたお風呂に入ったら気持ちがいいだろいうと思われるヒノキ、さらにヒノキのような立派な木になろうと願って名付けられたヒノキアスナロなど、いずれも北海道の自生種ではない木が植林されていた。国有林管理者の実験の跡が垣間見れる森でもある。

色づく紅葉


天然林と人工林が合混じっている森は、時には鬱蒼とした木々で薄暗い。また台風の風の通り道だったのだろうか、倒木が整理され天空がぽっかりあいた空間にもであう。しかしさすがに薄暗いところはなんとなく気持ちが悪い。とても1人では歩けない。(写真右)

「望田さんがいるから大丈夫だわ」
とんでもない、おいらだって心細い。しかも初めての道だ。けどそこは唯1人の男の子、「あてにはなりませんよ」と言いながら虚勢を張った。現実に4時間の散策で会った人は、キノコを探しにきたお年寄りと、ジョギングでランニングしていた地元の女性2人だけだった。

この時期の森は、徐々に色づく。その中でもひときわ赤く紅葉した木が見られる。ツタウルシとヤマブドウ、タラノキだ。森の中で一番早く紅葉する葉である。ことしは紅葉がちょっと早い気がする。また色も鮮やかだ。

その中でも面白いことに気づいた。タラノキの紅葉がやたら目立つ。(写真左)

タラノキといえば春先の芽出しはタランボといって上等な山菜となり、てんぷらにすると最高においしい。幹や枝には棘があって触れると痛いが、それでも採りたくなる山菜の味ナンバーワンである。

ところが低木で他の木々に隠れている上、春先はみな同じような色をしているので余り目立たない。けどこの時期になるとタラノキの多さに驚かされる。よし、来年は5月にまたコースに来よう。こういう話はすぐ話がまとまる。



平地の森はまだ紅葉・黄葉とも真っ盛りとはいえない。もう1~2週間は早いだろうか。しかし森を歩くと、芳しい匂いに包まれる。昔懐かしいカルメラの匂いだ。匂いの源はカツラの葉である。見上げるとハート型の緑の葉が空を覆い、徐々に黄色くなっている。(写真右)

ああ 秋だなあと実感する匂いである。

5.5キロのコースを4時間かけてゆっくり散策した。森林浴の素・フィトンチッドを一杯に吸い込んだ気がする。気持ちがよい。

帰路いつもの喫茶店に立ち寄った。看板もなにもない一般住宅の居間で、自然愛好家しか知らないお店である。そこでコクア(サルナシ)の実をいただいた。

森にはコクアやヤマブドウの蔓はあちこちに散見される。けど手の届く範囲には実はすでにない。見上げて実を見つけてもあ~あ、というだけである。店のママさんが庭で育てたコクアがお椀一杯にだされた。(写真左)

コクアはコクア酒にしてもおいしいが、生でそのまま食べてもとても甘く、子供になってたらふく食べた。初めて通った道にはいろいろな発見があった。そして森の味覚も十分味わった。いつもより長い距離で少し疲れを覚えたが、これは快い疲労感というのだろうか、秋の一日を満喫した。  (完)

望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。