_blank
     
歩け歩け ブナの北限地
【北の国からのエッセイ】 2009年11月06日

フットパス」という言葉をきいたことがあるでしょうか。歩く道・遊歩道です。

誰でも自由に農地や山林、市街地などのコースを自然や景観を楽しみながら歩くことで、イギリスが発祥地です。最近全国あちこちでフットパスの輪が広がり、自然豊かな北海道でも相当のフットパスコースが地元の協力でできています。そのひとつ後志の黒松内町にあるフットパスを晩秋の一日訪れました。

ブナで町おこし
札幌からバスで2時間半の黒松内町は人口3,500人、農業の町です。地名の由来はクロマツが多く生えていたからではありません。アイヌ語でクル・マツ・ナイ=和人の女性が多くいる沢、という意味だそうです。なぜ和人の女性が・・・、調べてみると、昔ニシン漁で北海道に渡った出稼ぎヤン衆が、当地まで来て海まで行くには道が険しいため、婦人をここに滞在させて海に向ったそうです。

この黒松内町をすっかり有名にしたのがブナの木です。日本のブナの北限地と知られ、原生林が天然記念物になっています。黒松内町はブナで町おこしをはかっています。


ブナを漢字で書くと「橅」木へんに無しです。水っぽくて材としては余り上質のものではなかったのでしょうか。これに怒った(?)のが黒松内町です。

木でないとは何事か、こんな立派な木はないとして、ブナの漢字を「橅」から木へんに貴いという字に改めました。(造語ですので活字がなくすみません)そして「ブナ(漢字)のせせらぎ」という地酒から「ブナ(漢字)しずく」といった地焼酎を特産物として売り出しました。(写真)

足の裏標識
黒松内にフットパスは数コースあります。今回もっとも長い10キロコースに挑戦、地元のボランティアの案内で、さあ出発です。

道の駅を出た一行は、まずすっかり黄葉したカラマツ林を通って、農道を歩きますと、細い小川が流れています。水面にはクレソンが一杯浮かんでいます。ステーキの付けあわせから、最近ではおひたしにしてもおいしいとか。けど、誰も手を出してとろうとする人はいません。

しばらく歩くと足の裏を描いた標識がありました。(写真右)フットパスコースを意味します。またしばらく歩くと、同じ標識でも色の違う標識に出会いました。先ほどは緑色の足の裏、今度は赤い足の裏の標識です。どう違うのだろう。

ボランティアに尋ねますと、緑の標識は公道で、赤の標識は民家の農道だそうです。私有地に入るので皆さん気をつけて歩きましょう、という意味で赤にしたそうです。(写真下左)
みんなボランティアが作った標識だそうです。


もともとイギリスで生まれたフットパスのルーツは、産業革命が進んで大地主が多くの農地を買い上げ、石垣や柵で囲い込みました。しかし本来、道であったところを囲い込むのはよくない、その道を廃止する権利は地主にはないはずだということから、「歩く権利=the Right of Way」というものが生まれたそうです。

こうしてパブリックフットパスという呼び方が生まれ、長い年月をかけて単に歩く権利だけでなく、自然の生態系や美しい景観を保存する運動とも連動し、今日に至っているそうです。

日本ではよく「私有地につき立ち入り禁止」という立て札が目に付き、歩行者に回り道を求めています。こうした地主にフットパスの考え方を教えてあげたいと思いました。フットパスでは牧場に柵を開けて入ると、最後の人が必ず柵を閉めるのが歩く人の礼儀になっているそうです。

豊かな畑作地帯
農家の農道を歩きますと、一面ジャガイモ畑に出会いました。葉はすっかり枯れて土が盛り上がっています。男爵かな、メークインかな、それとも最近はやりのインカのめざめかな。(写真下左)ここ数日内に農業機械が入って、収穫作業が行われるそうです。ダイコン畑では、あちこちにダイコンが散乱しています。(写真下右)

 

いわゆるキズ物で商品にならないため放置されてるのだそうです。けど、食べても商品と全く変わらないものばかりで、同行したご婦人の中から「ああもったいない」。

しばらく歩くと、わだちに水がたまって歩きにくいところに出会います。前日降った雨が溜まったままです。 3000m障害のコースを歩いている感じです。

あまり見たこともない足跡がありました。(写真右)昨日の雨で道路が軟らかくなっているため、足跡がくっきり残っています。エゾシカです。そういえば、つい数日前、札幌市内にエゾシカが出現し、取り押さえようとする人間と、逃げるエゾシカの映像がテレビに映し出されていました。

札幌郊外にエゾシカやヒグマが出てくるのはよくありますが、190万都市の都心のど真ん中にまで、エゾシカが姿を見せるのはとても珍しいことです。こうしたニュースを聞きますと、札幌は田舎というイメージよりはむしろ、野生動物と共に住んでいるのだという自然環境を強く感じます。都心に現れたエゾシカは円山動物園の専門家の追っ手をかいくぐって、豊平川沿いに定山渓方面に姿をくらましたようです。

新鮮な田舎道
農道の道端には可憐な花が咲いていました。ヒメオドリコソウです。(写真下左)ウツボグサにも出会いました。(写真下右)
 

10月末にもなってまだがんばって咲いているのに驚きです。せせらぎが聞えてきました。

フットパスコースに沿って川が流れています。夏の間は川岸に葉の大きいオオイタドリが一面に生えているため、川は見えません。しかし、この時期はすっかり枯れて茎だけですので、川面が見えます。

ヤマメやアユが釣れる渓流の里でもあるそうで、シーズンになるとマニアで賑わうそうです。ちなみにこの川の名前は熱郛(ねっぷ)川、アイヌ語で魚の多い川そうです。納得です。


川沿いのヤナギに大きなキノコがくっついていました。(写真右)手のひらよりも大きい、かさの厚いキノコです。何だろう。地元の人によりますと、ヤナギダケ(正式にはヌメリスギタケモドキ)というキノコで食用になり、味噌汁の具にするとぬめりがあっておいしいそうです。

それではということで採取しました。いいお土産になりました。それだけではありません。あちこちにヤマブドウが垂れ下がっています。(写真下)

ヤマブドウは酸っぱいですが、葉がすでに落ちているこの時期のヤマブドウは甘みがぐんと増しています。手の届くところにあるのに、まだ残っているのは余り人が入らないのか、それとも地元の人は見向きもしないのでしょうか。私たち都会に住むものにとっては、歓声のあがる発見です。

口に入れながらも手に一杯とって「果実酒にするわ」「ヨーグルトに数粒入れると、酸味があっておいしいわよ」ご婦人の料理談議が聞かれます。男性陣はちょっと危険なところを手を伸ばして、もっぱら蔓を引っ張る係りです。

木の実といえば真赤な実にも遭遇です。ツルウメモドキです。(写真右)お花の材料によく使われます。自然が一杯のフットパスコースです。

昼食時に農家に寄りました。絞りたての牛乳を温めてサービスしてくれます。どうやらフットパスボランティアグループの一員のようです。一角に簡易トイレもあります。単なる農家でなく、フットパスで町おこしを協力している方なのでしょう。身も心も温まる牛乳です。

フットパス賛歌
午後フットパスのコースは少し山に入ります。やや盛りを過ぎたとはいえ、ブナの黄葉が見事です。黄葉のアーチの中を進んで行く感じです。(写真下左)

これらのブナの木に、まもなく白い花が咲くのだろうな、とおもったら週間予報に雪だるまのマークがこの秋初めて登場しました。冬はもうすぐです。黒松内の市街地が一望できる見通しの良い所にでました。


ゴールまでもうすぐです。緑の屋根が目立ちます。町の景観条例に緑の屋根を推奨することを詠っているということです。ブナなどの自然を売り物にしている町の姿勢の表れなのでしょうか。フットパスのコースはこれまで数回歩いていますが、

今回のコースはなかなか味のあるコースでした。これまで植物観察などを中心に野山を歩いてきましたが、フットパスも捨てたものではないと思いました。観光地でも風光明媚なところでもなく、花の群生地があるわけでもありません。けど、歩き終わるととても充実感を覚えました。

10キロも歩いたせいでしょうか、翌日足の筋肉に痛みが走りました。これもよく歩いた証ともいえます。メタボな体にはいい運動です。これからはフットパスにハマりそうな感じです。  (完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。