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究極の幸せとは
【北の国からのエッセイ】 2009年11月10日


10月26日、鳩山由紀夫総理大臣は所信表明演説を行った。

52分という異例の長さに、戦後政治総決算を血を流さない革命で断行するという一世一代の気概を示したかったのだろうと推察される。これに対し冗漫、情緒的だという批判が野党から出された。

この異例の長さの中に、鳩山総理は今月視察した知的障がい者を雇用しているチョーク製造工場の話を3分もかけて取り上げた。そして「人間は人に評価され、感謝され、必要とされてこそ幸を感じる」という僧侶の話を紹介した。

私はこの所信表明演説をテレビで見ていて、飛び上がらんばかりに驚いた。なぜなら3日後の29日、たまたまそのチョーク製造工場へ見学に行く予定だったのである。このチョーク製造工場が障がい者を雇用していることは承知していた。それが所信表明演説で紹介されるような工場だとは不勉強ながら知らなかった。がぜん深い関心を抱いて見学に出かけた。

粉の出ないチョーク
鳩山総理が取り上げた会社は日本理化学工業(本社東京都大田区、資本金2000万円)である。工場は神奈川県川崎市と北海道美唄市にあり、鳩山総理は川崎の工場を視察した。小さな町工場に視察の希望が伝えられたのが視察わずか3日前だったとう。工場の整理整頓もままならい中で信じられないような人が、これまたSPなどがガードする黒塗りの車十数台で訪れ、工場の人たちは何がなんだかわからないうちに時間は過ぎたという。

私が訪れたのは札幌からおよそ車で1時間の美唄工場である。工場と言われない限り、工場とは思えないくすんだ建物だ。それもそのはず、旧三菱美唄炭鉱の病院廃屋を活用して工場にしたという。(写真左下)ここに社員28人、この内知的障がい者21人(重度13人、中軽度8人)が働いている。健常者は案内してくれた工場長以下わずかに7人である。

昔はチョークといえば、黒板を拭くと粉が出るのが当たり前、肺病は学校の先生の職業病といわれるくらい、先生は腕や上着を白くして授業をしていた。現在は粉の出ないチョークが開発され、美唄工場の主力製品である。

ちょうど50年前の昭和34年、東京の高等養護学校の先生が2人の女生徒をつれて会社を訪れ「雇ってほしい」と懇請した。これに対し、当時専務の現社長は「責任を持つことはできません」と何度も断った。すると先生は「ここで働けないと彼らは一生働くことを知らないまま一生を過ごす、採用でなく実習でもよいので使ってくれ」と頼むので、仕方なく2人を1週間の約束でラベル張りの実習体験をさせた。

ところが、休憩時間になっても仕事に没頭し、一生懸命働く姿に心を動かされ、健常者の社員全員が「みんなで面倒を見るので何とか2人を採用してほしい」と専務に訴えたという。これが日本理化学工業と障がい者との接点のはじまりだという。

作業工程の工夫
私たちはこの話を聞いてから、チョークの製造工程を見て回ったが、工場長は働いている社員の目を見てくださいといって工場内を案内した。チョーク製造工場は流れ作業である。原料をこねるコーナーから、こねた粘土質をミキサーに入れる人、ミキサーから出てくる棒状を30cmくらいの中間製品に切断する人(写真右)、一定の長さに切られたチョークの中から不良品を取り除く人、箱につめる人、ラベルを貼る人など、従業員は自分の持ち場で黙々と作業をしている。

作業工程では、それぞれの障がいに応じて工夫がされている。これには目を見張った。例えば、正確な計量をするために、容器の色で判断させる。黄色い大きなバケツに入った原料を、スケールで計るのに黄色の目印まで入れ、それを黄色のケースの中に入れる。(写真下左)

 

これによって赤青黄の信号機が理解できる人なら、この作業はできるのだ。また、正確な時間で機械操作する業務では、時計を読めない人のために砂時計が用意され、砂が落ちたら機械を止めるようにさせる。さらに品質管理では、予め作ったチョークの鋳型に、きちんとはまらない太いものや細いものを除去するようにするなど、知的障害者でも理解できるような工夫があちこちでされている。これらの作業は、最初できなかった人でも半年もすればきちんと理解するようになるという。

これらの単純な作業は、ロボットなどの機械で置き換えるのは経営上容易だが、ベテランになるとロボットより正確で早く処理するくらいだという。「健常者はすぐ、知的障害者にできるわけないだろうというが、それは間違いです。そのような偏見で、頭から障がい者に仕事の場を提供しないのが多いのではないでしょうか。やらせればできるのだということを私も教わりました」工場長の話にうなずくばかりである。

作業のやり方について工場長は面白い話を紹介した。ガラスの窓を拭かせると、最初は雑巾で丸く拭くだけだという。左上の端が拭かれてないのでここも拭かなくてはいけないというと、きちんと拭くが右上は拭かない。右上も拭かなければならないというと、今度は左右どちらもふくという。このように一度教わったことは手抜きはせず、実に熱心に最後までやるという。「こちらのほうが少しくらい手加減してもいいのではと思うくらいです」と工場長は苦笑いをした。

従業員の多くが知的障がい者である。平均年齢47歳。彼らは自分たちがきちんとやらなければ会社が成り立たない、会社がつぶれれば自分たちの働く場がなくなるということを知っているという。だから単純な作業でも、与えられた作業をきちんとやらないと迷惑がかかると、目の色を変えてやっているのだという。工場長曰く「こうした作業振りを見てると、安易に解雇などといえません」。

従業員は昼の休憩時間になると目つきも穏やかになり、食堂では笑いが絶えない。ささやかでも働く幸せを感じていることが、よくわかるという。

禅問答
日本理化学工業の社長は、最初は障がい者は施設で暮らすほうが幸せなのではないかと思ったという。ところが禅僧から「人間の究極の幸せとは  1.人に愛され 2.人に誉められ 3.人の役にたち 4.人に必要とされること だ。このうち愛されること以外は、働くことによって実現される」と教わったという。

それでは、働く場としての授産施設を整備すればいいではないかというと、そうでもないらしい。「動物はオリの中で大事に育てられた生活では、子供を育てる本能までなくなる。何のために生きているのか見失っている」これは上野動物園の飼育員から教わったという。

授産施設の整備だけではだめで、中身が伴わなければ効果がない。今の授産施設は、障がい者は時間になると施設に通い、時間になると帰る漠然とした施設が多いという。障がい者を持つ親にとっては気は楽だろうが、ご本人にとって目的のない施設通いということだろう。
現在法律で企業は一定割合で障がい者を雇用するよう義務付けられ、違反した場合、一人当たりいくらの罰金を科せられることになっている。多くの企業は障がい者を雇用するよりは、罰金を払ったほうが手っ取り早いとして罰金を選び、この結果障がい者の雇用は進んでいない。

工場長は見学の最後に、私たちに次ような話をした。「人間にとって生きることは、誰かに必要とされて働き、それによって自分の生活に必要な対価を得て自立すること。その場を提供することこそが、企業の存在価値であり社会的使命である。うちの社長はこのように言ってるんですよ。」

定年後「人生は死ぬまで勉強なり」と思って、いろんなところに出かけているが、今回の見学はまだまだ世の中のことを何も知ってないなと痛感させられた。

鳩山総理だけでなく、この工場を見学すると「生きる幸せ」という命題を自らに投げかけてくる。所信表明演説で紹介されたためか、問合せが相次ぎ、工場は年末まで見学者のスケジュールが一杯だという。

ところで、キットパスという筆記具をご存知だろうか。粉が出ないだけでなく、キャップが要らない(乾燥しない)、ガラスや板などに書いては消せる、水で溶かせば絵の具にもなる。筆記具の革命というべき商品が開発され、ことしの日本文具大賞に選ばれた。このキットパスは知的障害者の開発商品であるという。
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。