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修学旅行生観光ガイド体験記
【北の国からのエッセイ】 2009年12月25日

「本州の高校から修学旅行生の観光ガイド依頼がきました。都合のつく方お願いできませんでしょうか」ボランティアガイドの事務局からこんな案内がきた。

「何もこの寒いときに修学旅行とは」と思いがちだが、高校側にもそれなりの目的と理由があるようだ。雪とほとんど縁がない地域の子供たちにとって、スキーというのは大変な魅力らしい。一度滑ってみたい。もうひとつはこの時期、札幌は年間を通じて観光客の一番少ない時期である。予算が安くすむらしい。おまけに、ガイドは地元の観光ボランティアにお願いすればありがたい・・・そのようなことは、迎えるガイドも折り込み済みである。

相手が春秋に富む高校生で、おまけに女子生徒が多いとなれば、おじさんガイドもがんばろうという気持ちになる。師走も佳境に入った週末、私は他のガイド仲間とともに山口県から訪れた高校の修学旅行生を迎えた。

一夜にして景色一変
ことしの札幌は雪がほとんど降ってない。たまにパラパラ降っても、積雪はゼロか1cmである。ところが、修学旅行生を迎えたこの日の朝は、一面の銀世界、今冬初めてまとまった雪が降った。積雪15cm、朝のテレビは市電の名物除雪車である「ささら電車」が未明から初出動したことを伝えている。晴れ上がったきょうは朝から絶好の冬景色である。

高校側のガイド依頼は、北大(北海道大学)構内を小1時間ほどだ。私たちは北大正門前で高校生を迎え、手早く20人前後の班分けをして案内を始めた。

歩きながら、「素晴らしい日に皆さん方は見えましたねえ。雪の花が満開です」「えっ 雪の花?どこどこ?」「ほら、木々に沢山白いものが付いているでしょう」ちょっと気の効いたことを言っても、若い子にはピンとこないようで拍子抜け。付き添いの女先生だけがにこにこ頷いている。

すっかり落葉した北大構内はもっとも寂しい時期だが、この日は汚れのないパウダースノーが輝く別世界である。(写真:農学部前のエルムの森)青い空に白い雪、生徒たちはこの時期としては、最高のシチュエーションの中での北大訪問だ。

クラーク先生
「は~い ビューポイント1、これがかの有名なクラーク博士の銅像です」ばらばらで歩いている高校生が近づいてくる。一つのことに集中させるのも大変だ。足元はツルツルなのでなおさらである。

「みんなクラーク博士って知っている?」「知ってる、知ってる」という声が大きい。「何で知ってるの?」「う~ん、なにか雑誌か、インターネットで」学校で習ったと言う人はいない。

以前、クラーク博士については、学校で習っているものだとハナから思って案内していたら、雰囲気がおかしくなったことがある。ほとんどの生徒がクラーク博士を知らなかったのだ。今回は慎重に反応を聞いてみたが、やはりクラーク博士を教科書で知るというのは過去の話のようだ。

1人の女子学生が「少年よ 大志を抱け だっけ?」

そうそう、その素晴らしい言葉を残したクラーク博士に会おうと、30年ほど前までは観光バスがどんどん北大構内に入ってこの銅像を見に来ました。ひっきりなしに出入りするバスに大学側が授業や研究に影響が出るといって、バスを締め出しました。大切な観光資源を制約された地元の観光協会が、別なところにクラーク博士の全身像の銅像をつくりました

ここで、やおらバッグの中から事前に用意したお馴染みのクラーク博士の全身像の写真を掲げた。(写真右:09年9月)「最近では、指をさしているこちらのクラークさんの方が有名になって、目の前のクラークさんはすっかり影が薄くなりました。けど、こちらが本家です」と案内すると、「写真をとろう、写真をとろう」という声が上がり、代わる代わる記念撮影となった。(写真上)

新型インフルエンザの問題もあって生徒はみなマスクをしている。1人が「みんなマスクはおかしいね」すると「取り直し、取り直し、もう一度」寒さも忘れるやりとりだ。

生徒たちは前日のスキー場で初めて氷点下を経験したそうだ。10度を下回ると「寒い寒い」という所で生まれたという。この日の札幌は一日中氷点下の真冬日だった。

5000円札の顔
歩きながら「北大構内の広さはどれくらいでしょうか。東京ドームの何倍くらいだと思いますか

「3倍」「ブー」、「5倍」「ブー、東京ドームが38個入ります」

どよめきが起きる。

観光客によっては余り細かいことを、しかも丁寧に説明しても無理だということを経験則で知っている。しらけるだけだ。ガイドは得てして知ってることを話たくなるものだが、ここはこの程度でぐっとこらえる。

は~い、ビューポイント2この銅像は新渡戸稲造の胸像です。新渡戸稲造は札幌農学校の2期生です。札幌農学校では農業はもちろん教えましたが、クラーク博士はキリスト教に基づく全人教育を行いました。この結果、新渡戸稲造のような教育家や、内村鑑三のような思想家が育ちました

生徒はぽか~んと聞いている。

興味を持って聞いているのか、それとも初めて聞く人ばかりでわからないのか、とっさに判断できない。「5千円札の裏には誰が描かれていますか?  樋口一葉ですね。樋口一葉の前はこの新渡戸稲造でした」生徒の反応はあまりよくない。考えてみたら3年前の生徒達はまだ中学生で、5千円札をまじまじと見るには早すぎる年齢だったかもしれない。

きょうは女子生徒が多い集団です。それではと思い、「新渡戸稲造はいろいろな方面で活躍しましたが、東京女子大の初代学長はこの人だったんですよ」ピクリと反応したのは、ここでも付き添いの女教師だけだった。まあいいか、お札に載る人に会えたと思うだけでも。自分に言い聞かせて新渡戸稲造の像を見ると、昨夜来の雪が、深めの帽子となっていた。(写真上)

北大のシンボル
新渡戸稲造像のある花木園の隣が、ポプラ並木である。「は~い 本日最後のビューポイント。よく絵葉書になってるところです」すっかり葉が落ち、枝だけが上に向って伸びているポプラの木を初めて見るようだ。寒々とした牧歌的な景観にしばし見入っている。

すると、ここではみんなで集合写真を撮りたいという。「私が撮ってあげましょう」と言うと「モッチーはだめ、モッチーはこちらに来るの」一緒に撮ろうと手招きする。

それにしても突然「モッチー」とはなんだ。初対面で還暦をとうに過ぎた男にモッチーだって。なんと反応していいかわからない。

結局カメラマンは先生になった。「私も、私も」と先生の手に10個以上のデジカメがぶら下がった。これには困った。時計を見るとまもなく集合時間である。急いで戻っても10分はかかる。滑って子供たちが転倒でもしたら大変だ。みんな「はい  チーズ」とか、Ⅴサインを出してポーズを取っているけど、私にはそんな余裕はない。結局私たちの班がもっとも遅れて集合場所に着き、平謝りだ。(写真右:右端が筆者)

子供たちの北大の印象はどうだっただろうか。通常なら2時間は案内するところを、持ち時間50分、ビューポイント4箇所を回り、ちょっと話して写真を撮っただけだ。

バスに向う子供たちに手を振ると、ここでも「モッチー、バイバイ」という大声が返ってきた。今度は笑顔で応じることができた。

学校に戻ったらモッチーでなく、新渡戸稲造を思い出してほしいものだ。

若者はくったくがない。あっという間に過ぎた1時間だった。

この日は今冬初の雪道とあって朝早く家を出た。高校生の若い気持ちに接したせいだろうか、さわやかな気持ちで帰路に着いた。

スキー場で2泊、札幌で1泊の高校生の修学旅行だったという。50年前の関西の修学旅行を思い出しながら、とぼとぼ雪道を歩いた。(完)

望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。