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札幌農学校の学生群像(2)
【北の国からのエッセイ】 2010年01月12日
札幌農学校の学生のエッセイや日誌などからみる「学生生活企画展」は、北海道大学附属図書館・大学文書館が共催して開いた。
附属図書館には、学生が時間を忘れて読みふけった図書や雑誌、試験のために必死になって学んだテキストが所蔵されていた。また文書館には、学業や課外活動を記録した資料が所蔵されていた。

エゾシカのステーキ
佐藤昌介(1期生:岩手県出身)
北海道への渡航は品川より玄武丸に搭乗することになった。
東京より乗れる我ら学生は、恰も札幌に洋行せるかの感があった。即ち、衣食住は凡て洋式で、授業も外国教師であった。邦語の教授は更になかったのである。
寄宿舎内では凡ての必需品を支給せられ、洋食は朝夕2度、牛肉はなかりしも鹿肉は甚だ多く、其のステーキは飽くまで貪っていた。初めての冬を明治9年に過ごしたるが、クラーク先生の活発なる野外の採集などに同行し、ことに雪中手稲登山の如き、当時の開拓使役人を驚かしたのである。
  (文武館会報65号)


佐藤昌介は1期生の中でも長兄格、クラーク博士がもっとも頼りにしていた学生だった。新渡戸稲造らとともに、日本の農学博士第一号である。

卒業・留学後も学校に残り、35歳の若さで札幌農学校校長となる。農学校が一時廃校になる危機に陥ったときには存続を訴え、北海道帝国大学初代総長を務めるなど、文字通り北大育ての親で、胸像が大学構内の一等地に立っている。(写真右)

同期によると、佐藤昌介は在校当時より学者風で、野外に跳ね回るよりも、室内で静かに読書することを好み、老成の風があったという。

徳島藩のお家騒動で北海道に移住した淡路島稲田家当主の妹と結婚する。

昌介の妹 輔子(すけこ)は島崎藤村が憧れた人で、藤村は愛の告白をすることができず、教師をやめて片思いのまま放浪の旅に出かけたという。

藤村が惚れた女性はどんな人だろうかと思っていた。
あったあった。 去年10月に偶然、北大構内南はずれの建物のなかで見ることができた。(写真左)

昌介の業績を紹介するコーナーに、業績とはかかわりのない妹の写真が載っていた。その道では相当有名な話だったのだろう。

「若き日の島崎藤村があこがれた人」
と書いてあった。
それにしても、洋行の気持ちで札幌に向ったとは 当時の事情の一端が知れて面白い。

土佐ボーイの悪戯日記
内田 瀞 (きよし:1期生 高知県出身)
9月9日
マイクロスロープ作業の後、四時に田内(捨六)と中島(信之)と小生ファームに行きメロンを食う。
ブルックス教授らに見つけらる。

9月11日
校圃を廻りてメロンを食いたれども熟れずしてうまくなし。
故にまたグリーンハウスに行き、西瓜(スイカ)五つを食いて帰る。

10月14日
同級生 柳本通義、黒岩四方之進と共に犬を捕まえ、葱(タマネギ)及び醤油を加へてその肉を煮、
ジョン・K・伊藤(一隆)をだまして食せしむ。

(クラーク先生とその弟子たち)


選ばれた集団とはいえ、まだ20才そこそこの若者、食欲を満たすため結構ワルなことをして学生生活を楽しんでいたことが伺える。
(写真右:内田瀞の生涯の表情)
クラーク先生は 試験で高い点数をとった学生には賞金を出していたが、内田 瀞は英語が得意でよく1等賞を取っていたという。

内田はクラーク博士が帰国後も文通を重ねており、その私信が残されている。たまたま1期生の中に高知出身の学生が3人(内田、上記・ 黒岩田内)おり、クラーク先生は土佐ボーイと名付けて可愛がっていた。

内田 瀞は卒業後、北海道各地で開拓のための測量や適地選定作業に従事した後、上川で農場管理者となって、「米どころ上川」の礎を作る。

昭和8年、75歳で亡くなった時、2期生で91歳まで生きた宮部金吾(北大植物園初代園長、札幌名誉市民第一号)が、弔辞を述べている。

この中で
「君は天真爛漫にして恬淡なれば、クラーク先生より特に愛せられ、君また先生を慕いてその強き深き感化を受けたり。(在学中に)洗礼を受け爾来忠実なる基督の僕として信仰生涯を完了せられたり」

と その人柄を偲んでいる。

5年前、内田瀞のひ孫にあたる東京在住の女性が、内田の遺品1,400点余りを北海道開拓記念館に寄贈した。
記念館では5年にわたって解読・分析した結果を「クラーク博士の教え子」として、現在特別展を開き、公開している。

とても興味深いものもあり、現在講義を受けに通っているが、いつかご紹介できればと思う。
(写真上:クラーク先生から届いた手紙 "土佐ボーイに宜しく"と書いている) (つづく)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。