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春の妖精を求めて
【北の国からのエッセイ】 2010年05月12日

北海道では雪解けとともに、落葉樹林の地面からいろいろな花が顔を出す。カタクリ、エゾエンゴサク、ニリンソウなどが代表的で早春の植物、春植物といわれている。

いずれも、小さく寿命も短いことから英語で春の妖精(spring ephemeral)ともいわれる。この情緒的な言葉が冬の長い北国の住人の感性を震わし、野花を見に行きましょうと声を掛け合うと、すぐ仲間が集まる。

大型連休の初日、スプリングエフェメラルを求めて南に車を走らせた。

地球岬
太平洋岸に面する室蘭は函館方面に円を描く内浦湾(噴火湾)と、苫小牧から襟裳岬に大きく婉曲に曲がる外浦湾の境目に位置する。その境目は断崖絶壁で、地球岬といわれている。面白い名前だ。

この岬に立って太平洋を眺めると、大海原が水平線に落ちるように見える。地球が丸いと感ずるからこの名前がついたのかな?と思っていた。

正月には初日の出を見ようと、札幌方面から寒風にもめげずどっと人が訪れる名所でもある。ところが実際にはそんなロマンのある語源ではなかった。


アイヌ語で断崖を意味する「ケチップ」からきており、ケチップがチケップ、チキウ、チキュウと転化し、地球岬の当て字が使われたという。

昔は人も寄せ付けない自殺の名所であったが、四半世紀前新聞社の自然100選に選ばれて脚光を浴びた。道路も整備されて、今では地球が丸く見えるような?大海原を一望できる観光名所になっている。(写真左6.4.29)

地球岬は太平洋に直接面しているため風が強いのが有名で、まっすぐに育つ木々は1本もない。しかし木々の下の林床部は風も穏やかで、南斜面は暖かく、これまでの経験で地球岬が北海道でもっとも早く早春の花が観察できる地域のひとつでもある。

天気にな~れ
私たちは低気圧の接近を承知で出かけた。悪天候にもかかわらず、ことし最初のフィールドワークとあって大型バス1台、40人を超える自然愛好家が集まった。

自然を崇拝するアイヌの人は、晴天を祈願する際には呪文を唱える。

ニサッタカ シリピリカクンナイ

これを3回繰り返したあと、低い雲を押しあげるように両手を上にもちあげ、アーホイヤーと言う。

私たちもバスの中で斉唱しあったあと、アーホイヤーといって両手を上にあげた。この日は残念ながらご利益はなかったが、アーホイヤーでバスの中は一気に和んだ。

ロリコンの世界
私たちを迎えたのは強風と氷雨、自然観察には最悪のコンデションである。それでもほぼ毎年訪れているので土地勘はあり、強い風を避けるためすぐ森の中に入った。(写真上)

ところが例年路傍に足を止めて観察できた花がことしはほとんど見られない。行けども行けどもまだ芽出しの赤ちゃんばかりである。まるでサケの稚魚を見ているようだ。白い花弁が出てきたキクザキイチゲもまだ小さく、雨でしぼんでいる。4年前の同じ29日に訪れたときは、右円のように大きく開いていた。

 

アネモネというとピンとくるかもしれない。キクザイイチゲはアネモネの仲間である。

今年の春は遅いことは承知していたが、例年より1週間以上は確実に遅れていることを実感する。それでも雨具を着込んだ参加者は「この小さい豆粒の花芽はニリンソウ?エンレイソウ?」といって確かめ合った。

 

植物の棲み分け
春植物の代表、カタクリもまだつぼみだった(写真左上)カタクリはつぼみが開いた上、反り返って100%開花である。(写真右上:08年4月29日の地球岬)

森の地面に咲く春植物は、林床植物とも言われている。

植物の成長には日光が必要だが、春浅い森はまだ高木の木々に葉がでてなく、太陽の光は林床にまで届く。この光を利用して林床植物は光合成をする。従って落葉高木の林床に咲き、常緑の針葉樹の下では春植物は育たない。

5月も半ばになって、高木が徐々に葉をつけ始めると、春植物の1年は終わる。わずか1ヶ月弱のきわめて短い期間に発芽・開花・受粉・種子までの生活史を展開する。

そのはかなさが、花の可憐さとあわせ自然観察の奥を深めさせてくれる。ひとつしかない太陽の光を、林床の野花と高木の木々とが時期をずらして共有しあっているともいえる。そう思うと自然界の摂理の神秘さと奥の深さを感じる。

 

小柄でも大きい花s
この日の地球岬は濃いガスで覆われ視界数メートル、海はまったく見えなかった。森も足場が雨で濡れている。

ニリンソウ(写真上左)もつぼみで葉が雨に濡れていた。(写真右は08年4月28日の地球岬)

多くの参加者はまだ開花してないことを残念がった。中には強い雨風のなかの散策を避けて、初心者の中にはバスから出ない人もいる。けど、花が咲く前の成長過程を観察することができて、私はそれなりに楽しかった。

今回新たに教わったことは、林床植物がなぜ小柄で花が大きいかということである。小柄なのはまだ寒い時期であり、高く伸びると寒気に耐え難いほか、養分を花に多く振り分けるためだという。小柄な割に花が大きいのは、まだ活動がそれほど多くない受粉媒体の昆虫をひきつけるためだという。植物は植物なりに、生物にとってもっとも大切な次世代をつくる知恵を持っているものだとつくづく思う。

この日のフィールドワークは条件は悪かったが、外ではまだつぼみのロリコンの世界を満喫し、バスの中ではウバ桜との会話を楽しんだ。

帰路のバスの中で口に出したら、圧倒的に多いご婦人から笑いとともに鋭い視線が投げかけられた。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。