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富士の姿に似たるかな
【北の国からのエッセイ】 2010年05月14日

羊蹄山。海抜1898m、単独峰である。ニセコを訪れるとき、天候が悪くない限り必ずやお目にかかる山だ。
4月下旬、春遅いニセコにどんな花が咲いているのか、泊りがけで出かけた。たまたま強風の吹いた後の快晴で、抜けるような青空が広がった。これまでに見たこともない羊蹄山が目の前に広がっていた。

リゾート地 ニセコ
ニセコは豪雪地帯である。スキー場とともに温泉もあり、一大リゾート地でもある。

ところが交通の便が必ずしもよくない。 札幌からは小樽経由もあるが、定山渓から中山峠を越えてニセコに入る場合が多い。中山峠は羊蹄山がよく見えるビューポイントである。トイレ休憩で必ず車が止る場所で、いつも「今日は羊蹄山が見えるかな」と胸がときめく。

ニセコや洞爺湖方面にいくのに毎年10回ほど中山峠を通るが、まず雲に覆われ、頂上から裾野まで完全に見えるのは年1~2回あるかないかである。
ところがこの日は違った。見事な羊蹄山である。(写真左)
雲ひとつなく澄んでいてとても近くに見える。写真左の3本の棒切れのようなものは、ここからアスパラガスの里、喜茂別(きもべつ)町ですよという町のシンボル標識である。

蝦夷富士
  あずま路の 富士の姿に 似たるかな
          雲にそびゆる 後方羊蹄の山


明治の初め、太政大臣三条実美が北海道を訪れたとき詠んだ歌である。この歌をきっかけに、羊蹄山は蝦夷富士といわれるようになった。

成層火山の単独峰は、えてして富士山型になるが、羊蹄山はその典型である。本州でも「○○富士」といわれる山があることだろう。北海道でも羊蹄山の他に、利尻富士・阿寒富士・美瑛富士とあるが、羊蹄山こそ蝦夷地を代表する蝦夷富士にもっともふさわしいと思う。本物の富士山よりも美しい。

車は中山峠から右折してニセコ方向に向かう。羊蹄山が次第に迫ってくる。すると 羊蹄山の雪が光り、凸凹のある山肌がくっきり見えてきた。(写真右)

まるで天然のスキーモーグルコースだ。こういうところを上村愛子や里谷多英が滑り降りてきたのか。すばらしい日に恵まれた。中腹より上は真っ白で雪はまだ1~2mはあると思われる。

原生林の開拓
車で2時間ちょっと、羊蹄山のふもとは一部で黒い土が見え始めている。これからいよいよ春起こしだな。 羊蹄山麓は豊かな畑作地で、とりわけ男爵いもの名産地である。ふかした男爵いもを、バターやイカの塩辛をつけて食べるとおいしい。
「おら~真狩(まっかり)だ」
細川たかしの出身地、真狩村も羊蹄山麓の一角だ。

去年3月、羊蹄山の中腹までスノーシューで登った。下界を見下ろしたときの写真が左の写真である。畑が白くなって森に囲まれている。

明治時代、本州からこの地に入った開拓者が原生林を切り倒して畑にしたのがよくわかる。上から見るとそれほど広くないが、下から見ると山麓の広い畑作地帯となる。
よくぞここまで切り開いたと思った。機械力のない時代、ひたすら土地を求めた開拓者の汗と涙の結晶ともいえる。防寒具を着込んで山を登ったが、汗で体がびっしょりぬれた。

途中これ以上足が上がらなくなり立ち止まって休んだ。すると汗が急速に冷えて寒くなった。これはやばい、こうして疲労困憊し登山者は遭難するのだろうと思った。

しばらくすると最後尾からはるか離れて動かない私に気づき、インストラクターが急いで寄ってきて、私のシャツを着替えさせ、マンツーマンで支えてくれた。同世代のスリムなご婦人より体力がないのにがっかりした。やはりメタボはメタボなりに行動しなければだめだと思った。あれから山登りはやめた。

外国人の街
ニセコのスキー場そばを通ると雪はまだ1m近くはあり、スキーヤーが大きなスロープを描いて降りてくる。
こんな広々としたゲレンデを独り占めして、さぞ気持がいいことだろう。(写真右:ニセコヒラフスキー場)

しばらく見ていると、スキーよりスノーボードで降りてくる人が多い。私も40年ほど前に当地で滑ったことがある。けど、今はもうファミリーゲレンデでも無理だ。ニセコでは大型連休あとの9日まで営業するという。
ニセコにはコンドミニアムが雨後の竹の子のごとく建っている。(写真左)

オーストラリア人が進出してリゾートを満喫している。世界一のパウダースノーのとりこになっているのだ。シーズン中は街を歩く5人に1人は外国人だったという。

全国的に地価下落の傾向のある中で、ニセコだけは別だ。雪質だけでなく、羊蹄山の雄大な景色にも惚れたのだろう。

春はこれから
4月末ではお目当ての春の野花はまだ早かった。
もしかしたらウドでもあるかな、などと思っていたが甘かった。まだ雪が深い。地元の人に聞くと6月だそうだ。

ニセコは山菜の宝庫でもある。わずかに南斜面にフキノトウが顔を出していた。フキノトウ込みの羊蹄山が撮れないものか、しゃがみこんで試みた。(写真右)

ホテルの露天風呂から、羊蹄山がくっきり見えた。まるで銭湯の湯舟の壁に掲げられている山の絵のようだ。ちょうど満月に近い月が、頂上付近を高くのぼっていた。見事な蝦夷富士だった。

明治以来の開拓者も、羊蹄山を見ながら汗を流し、温泉につかったことだろう。開拓後ほぼ100年余、羊蹄山麓の原生林は一大リゾート地となり、豊かな畑作地帯に変わった。羊蹄山に山の神が住んでいたなら、下界の変貌振りに驚いていることだろう。  (完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。