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仰天!5月でも湖面に氷
【北の国からのエッセイ】 2010年05月25日

野の花にはカタクリやエゾエンゴサクなど、あちこちで見られるポピュラーな花もあるが、その一方で、特定の地域にしか生育しない野花もある。

この種の植物は、得てして希少植物となり、絶滅危惧種に指定されている。こうした野花を観察しようと、その道のベテランの案内で、5月中旬、一路北に向かった。

朱鞠内湖
北海道の今年の春は遅い。

しかし、5月も半ばを過ぎると、いくら遅くても自然界から春の便りは聞かれるものである。すでに札幌近郊では、ミズバショウも終わり、サクラも散り始めている。

バスは越後平野に変わって、今や日本一の米どころとなった空知・上川平野を高速道路で突っ走るが、車窓から見る水田にはいまだに田植えの形跡が見られない。ようやく田んぼに水を引いたという段階だ。いつもより1週間以上は遅い。大丈夫かな、これから田植えをして秋にきちんと稲穂が垂れるのかな、凶作にならなければいいがと思う。

4つの日本一
私たちの目的地は道北の幌加内(ほろかない)町の朱鞠内(しゅまりない)湖一帯である。名寄に近いところであるが、ここまで日帰りで往復できるようになったのも、高速道路のおかげだ。

人口わずか1700人ちょっとの幌加内町ではあるが、日本一が4つもある町である。

1つはそばの生産日本一、
1つは行政区分の町としては人口密度がもっとも希薄な町(1km2当たり2.4人)
1つは日本で最低気温を記録した町である。(写真左:朱鞠内湖畔にたっていた記念モニュメント)

最低気温の日本の公式記録は旭川の氷点下41℃だが、これはあくまで気象官署のあるところの記録だ。幌加内町の母子里(もしり)地区には北海道大学の研究林があり、そこの研究所で昭和52年2月17日最低気温氷点下41.2℃を記録した。

氷点下40℃を越すとバナナが金槌になり、醤油やお酒のビンが割れるのを防ぐため、冷蔵庫に入れて寝るという。ここでは冷蔵庫は凍らないために役に立つ。

4つ目のもう1つの日本一が、これから私たちが向おうとしている朱鞠内湖が、日本一広い湖だということである。

といっても、日本一はあくまで琵琶湖、朱鞠内湖は人間が作った湖、人造湖として日本一の広さで周囲40キロもある。湖が完成してすでに70年近く経ていて、人造湖だと知らされない限りすっかり周囲に溶け込んだ湖となっている。(写真右:08年10月1日)

道立自然公園に指定された観光地でもある。一昨年の秋訪れたときはすばらしい紅葉だった。

ただ、この湖は、戦前朝鮮人の強制労働によって作られたという暗い歴史も持ち合わせている湖でもある。

冬に逆戻り
高速道路を降りて次第に朱鞠内湖に近づくと、一帯の様相は変わってきた。

道路の両側にはまだ雪が残っている。若葉が出始めた落葉樹の森も、このあたりに来るとまだ灰色の世界だ。1ヶ月以上カレンダーが逆戻りしている。

それでも雪溶け水のたまり場の低地では、黄色いエゾノリュウキンカと、白いミズバショウが見事に咲いていた。これを観察できただけでも遠出して来た甲斐がある。エゾノリュウキンカは通称ヤチブキともいい、早春のおいしい山菜となる。

朱鞠内湖が見えてきた。殺風景な冬の湖だ。


湖畔にはまだ観光船が上がっているではないか。(写真右)天気もよいので遊覧船で湖を一周しようかなどと思っていたのに、とんでもない。

湖面を見るとまだ氷が浮いている。ところどころシャーペット状になっていた。5月の半ばを過ぎて、山でもないのに、平地の大きな湖に氷が残っているとは驚いた。

道東の阿寒湖だってもう観光船は動いている。湖畔にいた地元の人に聞くと例年より2~3週間は遅いという。今年の気象は異常だと改めて思い知らされる。とくに4月が低温だったのが大きい。これでは野花観察どころではない。

超塩基性土壌
今回のフィールドワークは特殊な地域に生える野花観察が目的だった。

植物はその地の土壌によって大きな影響を受けることは知られている。

これが特に顕著に現れているのが特殊な化学的成分を含む超塩基性岩地である。ちょっと専門的になりすぎて恐縮だが、超塩基性岩土壌はカリウムやカルシウムが少ない貧栄養の土壌である。その一方で、過剰に摂取すると有害なニッケルやマグネシウムの含有量が高い土壌で、こうした土壌は崩壊しやすく植物が生育するには厳しい環境となっている。

専門家によると、これらの土壌は北海道に多く、それも中央部を南北に走っている。(地図左)とくに超塩基性岩のうち、地球深部のマントルに由来するかんらん岩を多く含む、襟裳岬に近いアポイ岳の高山植物群は、タンチョウやマリモと同じ国の特別天然記念物に指定されている。

今回はかんらん岩と同じ超塩基性岩で、かんらん岩が水を含んで変質した蛇紋岩が風化してできた土壌の分布地、鷹泊ダム付近に出かけたが、結局からぶりだった。

特殊な土壌を持つ地域は高山に多い。私には無理だが、汗水たらして上った登山者の疲れを癒すに十分な希少植物との出会いとなることだろう。

空振りでも楽しいFW
シラカバ林の雪の上を歩き、雪が解けて土が見えた部分を捜し求めたが、観察できた野花はいずれも芽だしの赤ちゃんで、識別も難しかった。(写真右上)

わずか5センチ程度のカタクリのつぼみがわかる程度だった。(写真下左)

 

それでもダム湖の南斜面で、白くて小さなエゾイチゲの群生をみつけることができた。(写真上右)エゾイチゲはたまにぽつぽつと観察できるが、専門家によるとこんなに見事な群生は、札幌近郊では見られないという。

斜面に足を踏ん張って写真を撮っている人がいる。「そのままずるずるダム湖に落ちても誰も助けに行かないよ。さよならと言って見送るだけだよ」といって注意を喚起する。

往復5時間以上のバスの旅とはいえ、自然相手のFW=フィールドワークである。目が肥えてくると、見慣れた野花が大半であるが、それでも違う環境で咲いている花を観察できると、それだけでも満足する。

この日は素晴らしくよい天気だった。気温も上がった。気温の高い日がもう少し続いて、農作業のこれまでの遅れを取り戻してほしいと思いながら一路札幌にUターンした。

札幌では梅が今満開である。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。