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道北の旅 (3) ~最北の湖と原生花園~
【北の国からのエッセイ】 2010年07月16日

最北の湖
稚内に近いオホーツク海側にクッチャロ湖という湖がある。礼文島にある小さな湖を除けば、日本最北の湖だ。広い。

突然同行の一人がスタスタ湖畔に向かい、突き出ている桟橋の先端までいった。広い湖の前で一人ポツンと立った。寂しさが漂う湖だ。湖畔の柔らかい緑が救いだ。直径が8キロほどあり、湖畔に立てるのはこの一か所だけだそうだ。

クッチャロ湖と屈斜路湖
クッチャロ湖は砂州によって、オホーツク海と隔てられた海跡湖である。それだけに水深が浅く、もっとも深いところで2.5mしかない。
このため、水草が豊富に生えており、渡り鳥の格好の中継点になっていて、ラムサール条約による日本第2の国際保護湿地に指定された。

北海道に屈斜路湖という湖が道東地方にある。クッチャロ湖とは全く別の湖で、よく間違われる。知名度から言うと、摩周湖に近い屈斜路湖の方が圧倒的に高い。どちらもアイヌ語で “沼の水が流れ出る口”、“沼ののど元”という意味だそうだ。ただクッチャロ湖はそのままカタカナ地名になったのに対し、道東の湖は「屈斜路」という漢字があてがわれ、屈斜路(クッシャロ)湖になった。

コハクチョウとオオハクチョウ

二つの湖とも、秋にはシベリアからハクチョウが南下し、春には繁殖のためシベリアに帰る、ハクチョウの日本最後の中継地である。面白いことに、屈斜路湖はオオハクチョウの中継地であるのに対し、クッチャロ湖はコハクチョウの中継地であるという。コハクチョウはオオハクチョウに比べ頸が短く、くちばし付近の黄色の面積が小さい。ときどきオオハクチョウが飛来するが、周りに自分の仲間がいないことに気づくと、すぐ飛び立って屈斜路湖方面に向うという。

体が小さいコハクチョウは行動範囲が広く、繁殖地はオオハクチョウがシベリア中部であるのに対し、コハクチョウはシベリア北部の北極圏に近いところだという。またオオハクチョウは、宮城県伊豆沼辺りまでしか南下しないのに対し、コハクチョウは島根県中海まで足を延ばすという。
ざっと南北3000キロの旅を毎年繰り返す。私たちが訪れた夏には、コハクチョウはいない。シベリアから飛来する10月から、シベリアに帰る5月までのシーズンになると、最盛期で6000羽が羽根を休めるという。湖畔の水鳥観察館には畳大の写真が掲げられていた。(写真右)  湖はコハクチョウで埋まっていた。


ベニヤ原生花園
クッチャロ湖の近くの海岸沿いには花が咲き乱れている。べニヤ原生花園だ。自然の姿のままのオホーツク海沿岸は、みな事実上の原生花園の連続だが、とくに「原生花園」と名前が付いた地域が3か所ある。

網走に近いところにあるのが、一番有名な原生花園の本家、小清水原生花園、その北のサロマ湖畔にあるのがワッカ原生花園、もうひとつがご当地 ベニヤ原生花園だ。

ベニヤ原生花園まで足を延ばす観光客は少ない。私自身も小清水とワッカには何度も訪れているが、ベニヤは初めてだ。人がほとんどいない原生花園に入り、木道を歩いた。




グロテスクなエゾニュウ(写真下左)、ほうき状のバイケイソウ(写真下右) の地味な花が、草地から首を伸ばして咲いていて、風に揺れている。
 
しばらく歩くと「プリンセスの道」という立て札が立っていた。(写真左下) ほー、この地にまで皇族のどなたかが訪れたのかと思った。それとも若きカップルの格好の逢引の場所なのだろうか。

しばらく歩くとその理由がわかった。両サイドにハマナスとヒオウギアヤメが咲き乱れている。ハマナス(写真下左)は皇太子妃雅子さまのお印だ。ヒオウギアヤメ(写真下右)は秋篠宮妃紀子さまのお印だ。お印とは皇族がご自身の身の回り品に用いる印章である。
 
プリンセスの道の両側にはハマナスとヒオウギアヤメが、今が見ごろとばかりに競演していた。ちなみに皇后陛下のお印はシラカンバである。民間から皇族入りしたお三方のお印が、みな北海道とご縁のある植物から選ばれたのは単なる偶然か。


変わる植物相
原生花園には人の手が入ってない、自然のままの姿がそこにある。北国の短い夏の間に、けなげにしかも凛として咲いている野花をみると、こうした自然はいつまでも残り続けてほしいと思う。原生花園から戻ってバスが待っている路傍をみると、タンポポが咲いていた。ただ咲いているのは日本列島あちこちに見られる黄色いセイヨウタンポポではない。

セイヨウタンポポは明治初めに食用として日本に持ち込まれ、瞬く間に日本古来のタンポポを駆逐した繁殖力旺盛なタンポポで、今風で言えば環境を破壊した外来種だ。ところが、緯度が高く冷涼な気候には降参だ。代わってロシアから南下したコウリン(紅輪)タンポポが勢力を伸ばしている。ヨーロッパではビーナスの筆といわれる。

コウリンタンポポは、一本だけをみるととてもきれいで自然の造作に感動する。(写真上) しかし群生して咲き乱れていると、一転して毒々しく見え強い意志を感じる。赤という色が持つイメージなのだろうか。

北海道も緯度が一段と高い北部まで来ると、札幌とはまた一味違う植物相が観察される。 (完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。