_blank
     


北限のブナ林
【北の国からのエッセイ】

2010年07月30日


ブナは親しみのある樹である。

初夏の新緑、秋の黄金色からオレンジに変わる紅葉、すくすく伸びた大木・・・ ブナ林を通ると、一度は立ち止まって、その樹形や葉・幹をじっと見たくなる。

ドングリのミズナラ、柏餅を巻くカシワの葉、いがぐりのクリなどもみなブナ科で、ブナの仲間である。

7月中旬、ブナの北限地帯と言われる後志の黒松内町を訪れ、天然記念物、歌才(うたさい)ブナ林を歩いた。

温帯の樹ブナ
ブナは北海道南西部から本州・四国・九州の温帯に広く分布しており、温帯林を構成する代表的な樹である。温帯のことを「ブナ帯」ということもあるという。どちらかと言うと東北地方に広く生育し、秋田・青森県境にまたがる白神山地のブナ林は世界自然遺産に指定されている。

そのブナが津軽海峡を越えて、北海道に渡ってきた。

いつごろだろうか。

専門家によると、最終氷河期以降の温暖化によってブナの生育環境が整い、最近の花粉分析の成果によると、ブナが函館付近に上陸したのは5300年前だという。これから判断して黒松内低地帯に到達したのは700年前で、ブナの樹齢を200年ほどとすれば、歌才ブナ林は現在3代目だという。花粉の分析からこのようなことがいえるとは、恐れ入りましたと言うほかない。

黒松内まで北上したブナだが、その後の北進はピタリと止まった。いろいろな原因が挙げられているが、初夏に黒松内地方に吹き付ける日本海からの冷風が、ブナの結実を困難にしているとする説が有力だという。

もっとも、黒松内から大きく広がる札幌、ウトナイ湖にかけての「石狩低地帯」を境に、樹種が一変する。ブナだけでなく、トチノキ・スギ・クリ・などの温帯性樹木が姿を消し、変わってトドマツ・エゾマツ・ニレ・カンバ類などの亜寒帯性の樹木が主流となり、北欧やドイツ・ポーランドに似た樹林帯となる。

日本の生物の境界線については、津軽海峡を境にがらりと変わるとした「ブラキストン・ライン」が有名だが、動物においては当てはまっても、植物においては、石狩低地帯がブラキストン・ラインだというのが通説になっている。

北のヤシの木
大正時代、1人の学者が地元の案内で、濃い緑のトンネルをくぐり歌才のブナ林に入った。(写真左)高さ20m以上のブナの大木がずらりと並び、上の方だけがこんもり枝葉を広げていた。白っぽい幹がひときわ目立つ見事なブナの純林だった。ブナ林をしばし眺めていたこの先生「まるで北のヤシの木だ」とつぶやいた。即物的な植物学者が多い中で、この学者はなかなかいい感性を持っている。

この先生は新島善直といい、東京帝国大学林学科を出た札幌農学校の教授で、天然記念物調査会の委員だった。
周囲がほとんど開墾し尽くされている中で、かくのごときブナの原始林が残留せるは奇蹟というべし。

新島委員の調書に基づき、黒松内の歌才ブナ林は、「北限のブナ林」として、大正11年天然記念物に指定された。
(写真右:ヤシの木のようなブナの大木)

ブナ林の危機
歌才ブナ林の保全は必ずしも順調というわけでもなく、何度か危機があったようだ。

太平洋戦争末期の昭和19年、戦局は悪化し物資は極端に不足していた。鉄も底をついて飛行機を木で作ることになり、歌才ブナ林が飛行機のプロペラ用の資材として供出されることになった。このとき、後の北大植物園長となる舘脇操北大教授が、北限のブナの価値を軍部に強硬に訴え、伐採計画は中止されたという。

その10年後の昭和29年、財政赤字に苦しむ当時の村が、歌才ブナ林に目を付け、天然記念物の指定解除に動いた。これを知った地元住民が、文化財保護委員会や国会議員に強く働きかけ、指定解除を阻止したという。

こうした先人の努力で50年たった今日、素晴らしい北限のブナ林の中で、森林浴を楽しむことができる。
(写真左:紅葉の歌才ブナ林 06.10)

伐採してしまうのは簡単でも、再生するには数百年という年月を要するのが植物だ。地元黒松内町ではブナが地域おこしの目玉となっている。

ブナは樹のダム

ブナの大きな特徴は葉っぱにある。多くの葉の縁が、鋸状にギザギザになっているのに対し、ブナの葉は波状に凹んでいる。

その凹んでいるところから葉脈がきれいに伸びている。 (写真右) 雨が降ると、この凹んでいる葉脈に沿って、水は葉の基部に集まり、小枝から大枝、そして幹に沿って流れ落ちる。雨が降ると、ブナの幹がズボンにおしっこを垂らしたようによく濡れているのは、そのためである。

ブナの葉は小さく無数についており、葉が集めた雨水が幹の一か所に集まるのだから相当な水量となる。ブナの樹形は水を集めるようにできており、幹を伝う流れを「樹幹流」というそうだ。「ブナは樹のダム」とも言われる由縁も、その保水力にある。

幹に水が流れることによって、灰白色の樹皮にはコケなどの地衣類が生えており、シミのような斑紋となっている。この斑紋がブナの大木の歴史を感じさせ、価値を高めている。(写真左)

大木をじっと見上げている年配のご婦人方に声が飛んだ。

「皆さん、ブナを見て自らの顔に自信を持ったことと思います」

ウグイスの鳴き声しか聞こえない森に、ご婦人の笑い声が響いた。

豊かなブナの林床部
水分が豊富なブナの土壌は、落葉が腐植して堆積しており柔らかい。そのせいだろうか、普段なかなかお目にかかれないランをいくつも観察できた。

クモキリソウ(写真上左)、オオヤマサギソウ(上右)、オニノヤガラ(下左)、エゾスズラン(下右)。これらを見つけるたびに歓声が上がり、しゃがみこんでは順番にカメラに収めた。

 
 

エゾスズランは一般で言うスズランとは全く異なった植物である。スズランはユリ科であるのに対し、エゾスズランはラン科だ。花がスズランに似ているだけでこの名がついたのだろうか。アオスズランともいう。青鈴のような花を付け、ラン科なのでアオスズランになったという。なんとも紛らわしい名前だ。

「このランは何というラン?」と聞かれたので、「そんなラン知らん」と言ったら、シランというランがあることを初めて知った。以来、シランは忘れられないランの花である。(写真右08.6植物園)

ラン科の植物を見つけると、みんな眼の色をかえるのはなぜだろう。植物の中でもっとも進化した植物というためだろうか。みな独特の形をした美しい花を咲かせる。よく説明できないが、ラン科の植物を見つけるとともかくうれしくなり、きょうも森に入ってよかったと思う。

そういえば、数年前「ランの花を集めるのが趣味です」という医者と、ツアーで一緒になったことがあった。どうやって収集するのかと思った。観葉植物ならいざしらず、野生のランはなかなか手に入らない。また珍しいから失敬と盗掘しても、野生のランはなかなか庭先では育たない。それでも人の目を盗んで失敬するのは人間の悪業か。その典型がレブンアツモリソウで、いまや絶滅の恐れのある植物になっている。(写真左06.5礼文島)やはり野におけ、ランの花である。

森でブナの大木を鑑賞し、林床部では珍しいランなどの野花を観察することができた。収穫の多いフィールドワークだった。

森から出てくると、ジャガイモの花が一面に咲いていた。(写真右)
羊蹄山麓の黒松内は男爵などのジャガイモの産地である。

往復5時間余のバスの旅だった。歌才ブナ林には何度か訪れているが、常に再び訪れたいという気持ちになる森である。(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。