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夏のニセコ(2)
【北の国からのエッセイ】

2010年08月31日

夏の神仙沼は別の顔を持っていた。豪雪と強風による厳しい自然でなく、これまで見たことがない柔らかな神仙沼があった。なぜこんなに印象が変わったのだろう。

それは水面を覆っている水草が大きく影響しているのに、間もなく気づいた。水草にもいろいろあるが、神仙沼に生えているのは主にミツガシワである。

ミツガシワが広く繁茂して、水面を支配していた。
また向こう岸からも勢力を伸ばし、沼全体の半分以上がミツガシワに覆われている状況になっていた。
(写真右)

氷河期の生き残り
ミツガシワは水位変動の少ない淡水に生え、浅い水底に太い地下茎をのばし、所々から葉を出して水面に顔を出す水生植物である。

葉は厚みがあって柔らかい。柄は水面より10~20cmくらいの高さまで伸び、先に3枚の小葉をつける。
3枚の葉がきれいに並んでいるのが特徴で、かしわ(柏)に似ていることから「ミツガシワ」と言われている。
どこかの由緒ある家紋に似ている。

ところがどっこい、このミツガシワは、家紋以上に由緒のある植物のようだ。日本を含む北半球の寒帯に自生しており、氷河時代の残存植物と云われている。


東京・練馬区 石神井公園に三宝寺池という池がある。
昔この周辺に住んでいたが、この三宝寺池にわずかにミツガシワが生えていた。(写真右:2002年4月)

このミツガシワやコウホネを中心とした三宝寺池の植物群は、武蔵野の面影を残す沼沢植物群落として、国の天然記念物に指定されていた。今もなおミツガシワは健在なのだろうか。

隣の石神井池、「ボート池」と言われていたが、散策路と池の縁が、レンガや丸太に模した人工のコンクリート工作物で遮断された。散策路から滑って池に落ちることがないように整備されたが、遮断された結果、水辺の生物は生物界の持つ多様性の輪廻が破壊され、絶滅したものと思われる。

やはりダンゴムシとかミミズなど微生物と関わる生物が水辺に住んでいなければ、腐植・分解する植物の健全な生育にも影響を与える。まさか三宝寺池はそのような整備はされていないと思うが、住宅街のど真ん中の公園である。東京23区にわずかに残された武蔵野の面影の象徴、ミツガシワの動向が気になる。

繁茂したミツガシワ
神仙沼には三宝寺池とは比較にならない規模のミツガシワが生えていた。それなりの素晴らしい景観である。
専門家によると神仙沼が浅くなってきている証拠でもあるという。そして数十年、数百年たつと、池そのものがなくなるかもしれないという。そのために、人の手である程度間引きしなくてはならないのか。
自然保護のために自然を操作する ―― 難しい問題である。

ところがこれらを一気に解決するものがあるという。
それは台風などによる自然破壊である。強力な台風によって自然が破壊され、新しい自然が創造される。
日本の林業史上最悪と言われた昭和29年の洞爺丸台風によって、大雪山系はがらりと変わった。
その50年後の平成16年、北海道を襲った最大瞬間風速 50mの台風も、支笏湖から札幌にかけての樹木に甚大な被害を与えた。鬱蒼と茂っていた木々が倒れて太陽が林床まで届いたことによって、新しい生物が進出し、新しい生態系が作られている。

人間にとっては被害でも、自然界にとっては新しい再生への門出となる。

専門家の高邁な話を聞きながら、豪雪と強風の過酷な自然のもとで生まれた神仙沼の、柔らかくて素晴らしい景観を堪能した。 (写真左)

実はミツガシワは、植物仲間にとっては氷河時代の生き残りというより、もっと身近なテーマで話題になっている植物でもあった。

それはミツガシワの花である。
ミツガシワの花は白くて、花弁に白い毛が密生している。つぼみの時はほのかなピンクがかかり、品の良い見事な花だ。あちこちの沼で散見するたびに、歓声が上がる花である。(写真右:道立衛生研究所  2006年 5月)

そしていつも、いつかはミツガシワのメッカ・神仙沼に行って、ぜひ観察しようと言いあっている。

ところが、雪どけと共に咲くのがミツガシワである。
5月の下旬か6月上旬、まだ雪があって神仙沼までたどり着けないのではという不安が常にあって、いまだに実現していない。重装備でもして、いつかはミツガシワの花の大群落と、ぜひご対面したいものだと思っている。

超希小植物
ニセコには、神仙沼湿原の隣に大谷地(おおやち)湿原という湿原がある。長い年月を経てすっかり水が干上がり、いまでは一面のササで覆われている。(写真左)
この大谷地湿原には、日本ではここにしか生育していないという植物が生育している。

フサスギナである。
フサスギナもミツガシワ同様、氷河時代からの生き残りで、超稀小植物として絶滅危惧種に指定されている。

北半球のアジア北部に分布しているが、何ゆえ大谷地湿原に飛んだのかよくわからないそうだ。 太古の昔はあちこちに生育していたが、氷河時代を経て絶滅した。それがもともと環境が悪かったニセコの一角にだけ残って、今日に至っているのではないかという。
(写真右:2007年 6月)

種が飛んできたというのでなく、他の地では絶滅したということのようだ。氷河時代に絶滅したと思われたイチョウが、中国奥地の四川省でかろうじて残っていたというケースと同じだ。

今回は時間がなく、車窓から湿原を見るだけだった。
この湿原に入るには勇気がいる。足元が悪い上、ササやぶから突然クマが出るかわからない湿原で、数年前一度入ったきりだ。
このときは6月で、スギナの胞子が出たばかりだった。つくしんぼみたいだ。
節目から葉のような枝を出すフサスギナの特徴は見られなかった。生長したフサスギナもいつかは見たいものだと思うが、良き案内人がいなければ難しい。

ひっそり佇む半月湖
羊蹄山の麓に近い中腹にある小さな湖を訪れた。

三日月のような形をしていることから「半月湖」と言われている。羊蹄山の数少ない側火山の火口に、水がたまってできた。(写真左)

神仙沼とは対照的に、知名度がほとんどない湖で、訪れる人は少なく、山の懐に静かにたたずんでいる。

湖面を見るにはやや急な細い道を下りて、湖岸まで行かなければならない。
木々の合間から見え隠れする半月湖を見ながら坂を下りていくと、湖面に辿りついた。深緑色の水面だ。

湖に横たわる倒れた枯れ木に体を預けて、水面を見やる。この湖に魚は住んでいるのかな。
地元ガイド曰く 「調査したことがなんですよ」

半月湖には湖岸を一周する道はない。再び上にあがって、外輪山を回るように半月湖を大きく一周した。長方形に穴をあけたクマゲラの食痕が観察された。(写真右)

ツルニンジンが他に植物に絡まって蕾をつけ、間もなく開花しようとしていた。森の中でもっとも早く紅葉するツタウルシが、早くも色づいている。



下界の札幌ではまだ暑さは残るが、高原のニセコはさわやかだ。

ニセコはスキーと温泉だけではない。様々な生物が豪雪と火山によってもたらされた大地に息づいている。

あと1か月もすれば、神仙沼は見事な紅葉に包まれる。
(写真左:神仙沼 2008年10月) 完

望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。