北の国からのエッセイ
秋の道東一巡り(5) ~オホーツクの秋の花~
【北の国からのエッセイ】
2010年09月24日
オホーツク海に面する網走一帯には、大きな湖がいくつかある。いずれも砂の動きなどによって海と切り離されてできた海跡湖で、水深は浅く茫洋としている。
これらの湖の周辺は塩生の湿地や海岸草原になっていて、海浜性の植物が咲き乱れ、原生花園となっている。
とくに秋になると色づく珍しい花も登場する。
赤いじゅうたん
網走市内のオホーツク海に面した能取岬から、つぼ型に内陸に入った湖がある。能取湖(のとろこ)である。
この湖畔の一角に、日本一のサンゴソウ大群落があった。海水に浸っている干潟一面がサンゴソウで覆われている。私たちが訪れた時は9月上旬、色づき始めたばかりだった。(写真左)
これが中旬にもなれば真っ赤に染まることだろう。この自然の造作、見事というほかない。
サンゴソウ
はアカザ科の1年草。春、5月頃発芽して10~20cm成長し、夏は緑色をしているが秋に赤く色づく。
茎が丸くて肉厚で枝に節があってサンゴのように見えることからサンゴソウとも言われるようになった。
舐めるとしょっぱい。
フランスではサラダ料理に出される。
サンゴソウは通称で、正式名は
アッケシソウ
である。釧路に近い厚岸(あっけし)町の太平洋岸で、北大植物園の初代園長・宮部 金吾 博士が発見した。
しかしいまではサンゴソウの方がよく知られた名前となっている。というのも、オホーツクの人は地域名のついたアッケシソウと言うには抵抗があるのか、サンゴソウと言っている上、肝心の厚岸町の群落がほとんど消滅して、能取湖の方が有名になったためだ。
サンゴソウは能取湖の他に、サロマ湖や春国岱などの海に接する塩生湿地にも生育している。
ところが兵庫県赤穂市など瀬戸内海にもアッケシソウが見つかった。寒帯の植物が、なぜ瀬戸内海の塩田地帯に飛び地となって生育しているのだろうか。
昔 コンブの産地厚岸町と、塩の産地瀬戸内海との間に交易船が往来しており、アッケシソウの種が交易船に付着して運ばれたのではないかといわれている。興味深い話である。
ワッカ原生花園
能取湖の隣にサロマ湖という大きな湖がある。長い砂州によって海と隔てられ湖となった。
その砂州には日本最大の海岸草原が広がる。
明治の文豪・大町桂月が、天の橋立を偲ばせる美観に魅せられて「龍宮の如し」と表現したことから「龍宮街道」となり、お花畑に通じる道はとくに
「龍宮花道」
と命名されている。
これらのお花畑一帯は「ワッカ原生花園」と名付けられて、「小清水原生花園」とともにオホーツク海を代表する花園にもなっている。
花が一斉に咲く初夏はもちろんだが、9月に入った秋でも花は絶えない。さわやかな秋風をうけて龍宮花道を歩くだけでも、別世界に入った気持ちとなり、次から次へと登場する花に目が奪われる。海岸沿いの砂地には薄黄色の
ウンラン
(写真下左)、白っぽい
シロヨモギ
(中)、紫の
ナミキソウ
(右)などが砂地を這っていた。
ウンラン
シロヨモギ
ナミキソウ
草原地帯にはさらに多くの花が咲いていた。とくとご覧いただきたい。
当地の代表的植物
ムラサキベンケイソウ
(写真上左)、リンドウ科で花が錨のような形をしている
ハナイカリ
(上中)、クサフジの仲間で葉が広い
ヒロハクサフジ
(上右)、9月になっても咲いていることにびっくりした
エゾカワラナデシコ
(下左)、葉が鋸状の
キタノコギリソウ
(下中)、高さが2mにもなる
オオヨモギ
(下右)などが観察された。
ムラサキベンケイソウ
ハナイカリ
ヒロハクサフジ
エゾカワラナデシコ
キタノコギリソウ
オオヨモギ
秋は比較的キク科の黄色い植物が多いが、同じ黄色でも
コガネギク
(写真下左)、
ヤナギタンポポ
(下中)、
ハチジョウナ
(下右)など、それぞれ持ち味のある花も観察された。
コガネギク
ヤナギタンポポ
ハチジョウナ
自然豊かな北海道では、あちこちで野花を鑑賞できるが、その種類の多さからみて、ワッカ原生花園が一番ではないかと思う。さすが日本一の海岸草原だ。あまりにも茫洋とした原生花園だけに一見そんな感じがしないが、海浜・草原・湿地それぞれに生育する花が、ここではミックスして観察できる。
おまけに5月から9月まで春・夏・秋にそれぞれの花が咲き誇り、まさに龍宮花道だ。
忍び寄る冬
龍宮花道には早くもススキがなびいており、これから一足飛びに厳しい冬を迎えるプロローグのような感じもする。(写真右)
遮るものがない砂州だけに、冬になると吹き付ける風雪は人を寄せ付けることはないだろう。
そして流氷が押し寄せて、殺風景な冷え冷えとした世界が一帯を支配する ――。
立ち止まって、数ヵ月後のオホーツクの原風景を想像した。まだ流氷観光など考えられなかった時代、オホーツク沿岸出身者からからこんな話を聞いたことがある。
見渡す限りの流氷を前にして、地元の人が初めてオホーツクを訪れた本州の友人に
「この辺り一帯はすべて俺の土地だ、暖かくなったら好きなだけあんたにあげよう」 と言った。
友人は翌年の夏、土地を見に再び訪れたら、土地は何もなく海が広がっているだけだった。
作られた花 自然の花
ワッカ原生花園を最後に、道東一巡りの旅を終え札幌に向ったが、途中遠軽(えんがる)に寄った。
ここには日本最大級のコスモス園があり、今が一番の見頃で大勢の観光客が訪れていた。コスモス園には1000万本のコスモスや百日草が咲き乱れ、見事な光景だった。(写真左)
町おこしの目玉にしようと、子供たちからお年寄りまでボランティアで種まきから草取りまで行ったという。
一回りしてその規模の大きさに驚いたが、自然の花をたっぷり見て回ってきた直後だからだろうか、あまり迫力はなかった。
やはり、小さくとも自生している野花の魅力にはかなわないなと感じた。同じ予算を使うなら花園を作るのでなく、自然が破壊されない対策に使った方がよいと思った。
瑰(はまなす)の丘を後にし 旅つづく
高浜虚子
(完)
望田 武司(もちだ・たけし)
1943年生まれ 新潟県出身
1968年NHK入局 社会部記者、各ニュース番組デスク・編責担当
2003年退職し札幌市在住、現在札幌市の観光ボランティアをしながら自然観察に親しむ。
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