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19世紀末科学の困難:光の科学―2
【今日のひとこと】 2008年5月19日

3月18日に、19世紀末の科学者を悩ませた光の現象、るつぼの温度とその中に見える光の色の関係を説明しました。世紀がまさにかわる1900年、マックス・プランク博士は量子という新しい考えを入れて、温度と色の関係を見事に説明しました。新しい量子という考えは、まったく新しい科学を生み、20世紀に発展した科学技術の元になりました。

実は、19世紀末、光にはもう一つ大きな謎がありました。今日はこの説明をしましょう。

波というのは、波を伝えるものがあって、そのものの振るえる状態が空間を伝わっていくことです。波を伝えるものを難しい言葉で「媒質」と言いますが、空気は音を伝える媒質だということはよく知っていると思います。

19世紀、光も波だという確たる観測事実がありました。それなら光にも媒質があるに違いない。「エーテル」という名前もついていました。科学者という人種は、何かがあると言われるとそれを観測したいと言う強い欲求を持つので、多くの科学者はエーテル自体の観測に挑戦しました。しかし、光のスピードが速いため観測技術が追いつかず、エーテルがあるともないとも結論を出すことができませんでした。

アメリカの科学者、アルバート・マイケルソン博士とエドワード・モーレー博士は、光の干渉という現象で世界最高の観測技術を持っていました。2人は、1880年代、できる限り感度を高めた干渉計を作り、もしエーテルがあるなら絶対に見つかるはずだと確信して観測に入りました。

観測の原理は簡単です。音を伝える空気を考えましょう。もし強い風が吹いているとしたら、そこを伝わる音の速さは、風の動きの影響を受けて速くなったり遅くなったりします。つまり、風のあるなしは、音速を測って、音速が速くなったり遅くなったりする変動を測れば、風の速さやその方向まで決めることができるのです。

光は太陽からも遠い銀河からも来ますから、エーテルは太陽系はおろか宇宙全体に広がっているはずです。地球はこの広大なエーテルの中を公転や自転をして動いているはずです。

地上で光速を精密に測定すれば、光速は地球の公転の影響を受け、季節でほんの少し違うはずです。(光速は毎秒30万キロメートル。地球の公転速度と自転速度(赤道上)はそれぞれ毎秒30キロメートルと毎秒0.47キロメートル。自転速度は光速や公転速度と比べて十分小さい。)マイケルソン-モーレーの光干渉計は、この公転の影響を十分に観測できる優れた装置だったのです。

1887年、2人は観測結果を発表しました。

「光速は公転の影響を受けずに同じ値である。」

このことをちょっと難しく言うと、
・光は波なのに、波を伝える媒質はない。
・光速は、光を出す光源や光を受ける装置が動いていても、つまり、どのように光速を測っても、常に同じ値をとる。

アインシュタイン博士は、この光速一定を基本的な法則としてとらえ、新しい科学「特殊相対性理論」を打ち立てました。

この理論は、量子力学とともに20世紀の科学技術に巨大な影響を与えました。E=mc2の式を知っていますね。この式は特殊相対性理論から導き出すことができます。原子力エネルギーや太陽のエネルギー、すべてのエネルギーはこの式で説明することができます。

もう一つ有名なのが、高速で動いている、例えば人工衛星の中では、時計がゆっくり進む、という現象があります。この時計の遅れも観測で精密に確かめられています。

皆さんカーナビを知っていますね。このシステムは、上空約1万1千マイルを12時間で周回する24個のGPS衛星(6軌道面に4個ずつ配置)、GPS衛星の追跡と管制を行う管制局、測位を行うための利用者の受信機で構成されています。カーナビはすごい速さで動いている時計が基準になっています。特殊相対性理論によると、これらの時計は1日あたり100万分の6秒遅れるはずです。この時計の遅れをほっておくと、カーナビの位置に1.6キロメートルの誤差が入り込むそうです!当然、特殊相対性理論を使って時間の遅れを補正しなければカーナビは動きません。

特殊相対性理論という難しい名前の科学も実は実生活に欠かせない科学になっているのです。
(戸塚洋二・東大特別栄誉教授、文化勲章)