2006年、中学生たちに一流の科学者たちとの出会いを通じて、好奇心や創造性を育ててほしいと、創造性の育成塾はスタートしました。それから10年以上が経ち、当時中学2年生だった塾生たちは、それぞれが様々な道を選び、人生を切り開いています。そんな彼らの現在地を取材するインタビューシリーズです。


 創造性の育成塾 第1期生の佐々木駿さんは、現在、東京大学大学院 理学系研究科生物科学専攻 博士課程1年で、植物生態学を専攻。東大大学院付属施設である日光植物園(栃木)で、日夜、研究に取り組んでいます。 育成塾に参加してから11年。佐々木さんがたどってきた道のりと、現在の研究について話を聞きました。



宇宙から生物へ。つながっていく好奇心

事務局:
夏合宿に参加した中学2年生当時は、どんな分野に興味がありましたか?
佐々木:
一番興味があったのは宇宙で、星や天文学にも興味がありました。
事務局:
宇宙と現在している専攻の植物は、かなり分野が違いますよね。
佐々木:
広いスケールの宇宙から小さな植物へ、興味を持つシステムがだんだんと小さくなっていきました。
でも、宇宙に太陽があって、地球はそのエネルギーを受けていて、そのエネルギーが生態系の中で回って、我々人間が生きている。 元をたどっていくと、太陽の光は植物のおかげで我々が利用できる形になっているのであって、生態系を支えているという意味で植物に興味を持つようになりました。
だから僕の中では、宇宙から生物はつながっているんです。

第1回夏合宿(2006年・山梨県富士吉田市) 前列中央は、小柴東大名誉教授(左)故・関本塾長(中央)有馬塾長

小柴教授と関本塾長の間に立つのが佐々木さん



東京大学を選んだ理由

事務局:
その後、東京大学に進学されますが、志望した理由を教えてください。
佐々木:
東大へ行けば日本一の環境があるだろうと思って目指しました。
というのも、東大には“進学振り分け”という制度があるんですね。
1・2年次は、所属する学部が決まっていない状態で、その間に教養科目という幅広い講義を受けることができます。自分の中で何も決まっていない状況だったので、進学振り分けまで猶予の時間がある東大に行って決めようと、東大の理科二類に入りました。
事務局:
進学振り分けは、東大独自の制度なんですか?
佐々木:
東大以外にも一部の大学であると思いますが、選択の自由度は東大が一番高いと感じています。極端な例だと、東大は理科一類から法学部や経済学部に行く人もいます。

大学で植物のすごさに気付く

事務局:
植物を専攻する決め手となったのは?
佐々木:
光合成の仕組みといいますか…葉っぱが光を吸収する仕組みに感動したことですね。
イロハカエデの葉

イロハカエデの葉 (佐々木さん提供)

佐々木:
昔から「植物の葉っぱはなぜ緑色なんだろう?」という疑問を持っていました。
それこそ“答えのない疑問”ってやつで…答えとしては、クロロフィル(※1)が緑色だからと言ってしまえば終わりなんですが(笑)

でも、葉っぱの吸収スペクトル(※2)をよく見てみると、クロロフィルのスペクトルとは若干形が変わっていて、クロロフィルが吸収しにくいはずの緑色の部分も、葉っぱの形を取ることで多少吸収できるようになっているんです。

つまり、「植物が外から取り込んだ光を葉っぱの中で乱反射させ、何回もクロロフィルを通過させることで、吸収しにくい緑色の光も利用しているのではないか」という話で。それを理学部の寺島教授から聞いて、雷に打たれたというか…。仕組みにすごく感動したんです。
それが、植物が好きになった一番の理由だと思います。
※1 クロロフィル:

葉緑体に含まれる緑色色素。光合成で中心的役割を果たす。(出典:三省堂大辞林)
※2 吸収スペクトル:

光線など、連続したスペクトルをもつ電磁波が物質に当たったときに、その物質特有の波長範囲の部分が選択的に吸収されて暗黒となったスペクトル。物質の構造決定や分析に利用。(出典:デジタル大辞泉)

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現在の研究

事務局:
その後、東京大学大学院理学系研究科に進学し、今は日光で研究しているんですね。
佐々木:
東大の生物科学専攻の建物は本郷にあり、そこで植物の研究が盛んに行われていますが、僕が専攻する植物の生態学の研究室は、本郷に1つと、もう1つが日光にあります。
最近、分子生物学(※3)がとても勢いがあって、生態学の研究室はあまり多くないんです。
※3 分子生物学:

生命現象を分子のレベルで理解しようとする学問。
DNAの構造と機能が明らかにされて以来、急速に発展している (出典:三省堂大辞林 第三版)
事務局:
現在はどんな研究を?
佐々木:
主な研究は、植物の“戦略”を探ることです。
世の中にはいろいろな植物がいて、それぞれ違う戦略を取っていますが、「なぜそんなに多様なのか?」ということを探っています。 戦略というのは、植物が持っている資源や栄養を、葉っぱにするか根っこにするか。あるいは、どれくらいの厚さの葉っぱを作るべきか。それによって、環境ごとに生えやすい植物が変わってくるのではないか、ということを考えています。
事務局:
研究はどのように進めるんですか?
佐々木:
今は「植物の葉っぱの角度が植物の光合成生産量にどう関わってくるのか」というテーマで研究をしていますが、まず、葉っぱの角度が変った時に、植物への光の当たり方がどのように変わってくるのかをシミュレーションします。次に、実際の植物を使い、シミュレーションで出た結果が正しいかを確かめるという流れです。今は、イネを使って研究をしています。
実り始めた稲穂

実り始めた稲穂(佐々木さん提供)

事務局:
イネの葉っぱへの光の当たり方から光合成生産量を考える、と。
佐々木:
植物に光が当たる様子というのは、想像より複雑です。
というのも、植物は密集して生えていますよね。一個体の場合、光が当たっているかは目で見ればわかりますが、密集していたり木の下に生えていたりする場合、植物にどう光が当たっているかを調べるのは一筋縄ではいきません。僕の場合は、イネの群落を模したモデルを作って、そこにどうやって光が当たっているかというのをシミュレーションしています。
事務局:
光合成量の計測はどのように?
佐々木:
一つは、重さの変化を計測します。
植物がたくさん生えている状況で、それがどれくらい光合成をしているかを直接知るのは、かなり難しいです。植物の周りの空気を全部取ってくることができれば、光合成の前後で重さを量り、比べることができるんですけど、広い空間の空気を全部集めるのはかなり難しい。
そのため、まず植物を採取して重さを量り、しばらくして同じ条件で育てていた植物を採取して重さを量って、その重さを比べてどれくらい光合成をしたか推定します。
イネの葉の光合成速度の測定

イネの葉の光合成速度の測定(佐々木さん提供)

佐々木:
もう一つのアプローチは、葉っぱそのものの光合成速度を測って、全体がどうなっているのかを推定するという方法です。
広い空間の空気を取ってくるのは難しいと言いましたが、葉っぱのサイズだと小さな箱に閉じ込めることができます。葉っぱを小さな箱に閉じ込めて、その中での二酸化炭素濃度の変化を見れば、どれくらい光合成をしたのかがわかります。
ただ、葉っぱ一枚のデータから植物群落全体に拡張していくというのはかなり難しいので、そこをしっかり測るというのはあまりできていないですね。
事務局:
佐々木さんなりの答えは出そうですか?
佐々木:
一つは出かけています。結論は見えているかなという感じです。
水平に葉っぱを広げた時は光合成能力を高くして、垂直にした時は光合成能力を低くする形がいいんですけど、その葉っぱの光合成能力の違いがどこから来るのか、というところまで今は考えています。

これから

事務局:
今後の進む道については、どう考えていますか?
佐々木:
非常に難しい質問ですが…あと2年は研究を続け、博士の学位を取るまでしっかり研究をして、植物の戦略についてさらに知見を深めていきたいと考えています。
その後、研究を続けるか民間企業に就職するかなどは、正直決まっていません。

後輩たちへ

事務局:
佐々木さんは、育成塾のOB・OG会の会長も務めています。
何か、後輩たちに伝えたいことはありますか?
佐々木:
「科目や分野に縛られることなく、幅広くいろんなものに触れてほしい」というのは間違いなく言えます。
例えば、自分で新しいプログラミングを作ってみるとか、小学生の自由研究じゃないですけど、朝顔の観察を本気でやってみるとかも面白いなと思います。 塾生のみんなは、たぶん理科が好きな人が多いと思うんですけど、「後々大事になってくるのは理科だけじゃない」ということを強調したいですね。特に数学と英語は、後々役に立つ学問なので、おろそかにしてほしくないと思います。

第2回OB・OG会で研究について発表する佐々木さん(2017年3月)

事務局:
英語はよく聞くけど、数学も?
佐々木:
どの分野に進むかにもよると思いますが、生物学をやっていても数学の知識が必要になる時があります。
例えば、試薬の調製や、何通りのサンプルを用意すればいいかとか。当たり前のツールとして数学が必要になってくるので、特に高校生くらいまでは数学もしっかりやるのがいいんじゃないかと思います。
事務局:
勉強についてアドバイスはありますか?
佐々木:
どうやって知識を体系づけているかについて、少しお話してみます。
歴史には年表があって、古いものから新しいものへ並んでいますよね。で、世界史と日本史と比較した時に、この頃は何が起きていたかというのがわかるようになっている。
僕は、物理や生物の共通の軸として、スケールを意識するといいんじゃないかと思っています。

例えば、太陽はすごく大きい。地球から太陽の距離は1億5000万㎞で、人間の身長は大体1.5m。では人間の細胞の大きさは…とか。そいうものをずらっと並べて、知識を一度整理してみるのは面白いです。
原子があって、物理的な相互作用で化学になって、化学の分子同士の複雑な振る舞いが細胞になって、細胞から人間みたいな大きな個体ができて。さらに、そういうのが惑星表面で環境を作っている。学校の教科は、物理・化学・生物などに分かれていますが、実は、大きさ順に連続してつながっている分野だというのが、そういう考え方をするとわかってくると思います。

第2回OB・OG会は中高生を中心に約60名が参加(2017年3月)
大学生に進路相談などもできる関係を目指す

事務局:
最後に、OB会の今後の展望を教えてください。
佐々木:
OB・OG会という集まりは、今後も続けていこうと思っています。
合宿を通じて、横のつながりはできますが、上下のつながりは希薄かなと思う部分があります。例えば、進路相談や学習方法の相談とか、もう少し学年が上になれば、自分の研究についての相談とか。そんなことができるように、縦の連携も活発になればと考えています。

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