2006年、中学生たちに一流の科学者たちとの出会いを通じて好奇心や創造性を育ててほしいと、創造性の育成塾はスタートしました。それから10年以上が経ち、当時中学2年生だった塾生たちは、それぞれが様々な道を選び、人生を切り開いています。そんな彼らの現在地を取材するインタビューシリーズです。


 2期生の貴田浩之(きだ・ひろゆき)さんは、東京慈恵会医科大学を経て、現在は付属病院で研修医として働いています。忙しい仕事の合間を縫って、育成塾OBとして夏合宿にも積極的に参加してくれる貴田さん。「育成塾が人生の分岐点だった」と話してくれました。 (2018年8月取材)



研修医として多忙な日々

事務局:
現在は医大を卒業して、研修医をされているんですね。
貴田:
研修医の1年目です。研修医は、最初の2年間でいろいろな科をまわって経験を積みます。2018年の4月から3か月間は外科にいて、7月からは救急科です。 研修期間は、短いところで1か月、内科は6か月など、科によってまちまちです。あと、地域医療実習と言って、地方の小さなクリニックに行く研修も1か月間行います。

育成塾は人生の分岐点

事務局:
育成塾に参加したきっかけを教えてください。
貴田:
学校の先生に勧められたのがきっかけだったと思います。ノーベル賞の先生が来たり、「なんかおもしろそうだな」と。もともと理科も好きだったので、ちょうどいいなと思って応募しました。
事務局:
当時の選考問題は覚えていますか?
貴田:
「これまでに無い画期的な電池を考えてください」という問題でした。 最初に考えたのは、電池って重いなと。もっと軽いのがいいなと思いました。
電池が重いのは、内部に液体や固体が詰まっているから。だから、内部が気体の電池とかいいなと思って…。
電池の本を読んだり実物を観察したりして、子どもが誤飲したら危ないと書いてあったので、「じゃあ誤飲しても大丈夫なもので作ろう」とか。あと、レアメタルが世間で話題になっていたので、資源がどこかの国に偏っていない、どこでも手に入るもので作ろうとか。
事務局:
いろいろと発想が膨らんで…すごいですね。
貴田:
う~ん…自分では、「なんかショボいな。つまらないな」と思っていました。もっとエポックメイキングな、ドラスティックなものじゃないとダメなんじゃないかと思って(笑)塾生に選ばれる自信は、まったくなかったですね。

写真1:第2回夏合宿(2007年)の貴田さん
写真2:一緒に実験しているのは、今も親交がある福田さん(第12・13回夏合宿にOB参加)

事務局:
参加してみてどうでした?
貴田:
僕は東京出身なので、当時、関西や違う地方の人と話す機会がまったく無かったんです。でも、育成塾には全国から塾生が集まってくる。それがまず新鮮でした。方言を聞くのも初めてだったので、とても新鮮で面白いなと思いましたね。
あと、学校の同級生とは違い、「理科好き」というので集まっているので、話をしていて面白かったです。中学生くらいだと自分の好きなことを突き詰めるのを見て「マジになってかっこ悪い」って引いちゃう人もいるけど、そういうのを楽しめるというか。一生懸命にやる人が多くて。育成塾での友達は、大人になった今でも付き合いがあります。 参加して良かったことは他にも数え切れないほどあって、自分の人生の中の分岐点だったと思います。
事務局:
印象に残っている講義はありますか
貴田:
関本忠弘先生(※1)の「創造性とは何か」というお話がとても印象的でした。 それまでは、創造性って“難しい問題の解き方をパッとひらめく力”のようなイメージでした。でも関本先生は、いろいろなものを見て自分の視野を広げたり、一つのことについて常識にとらわれずに考えてみたりすれば創造性は育成できる、というお話をされて、「なるほど!」と思いました。

関本先生の講義(第2回夏合宿にて)

※1関本忠弘先生(故人):
NEC(日本電気)元会長。電気電子分野の優れた研究者に与えられるIEEE栄誉賞を受賞。有馬朗人塾長と共に創造性の育成塾を立ち上げた。

理科好き少年が医師を志した理由

事務局:
どうして、医師になりたいと思ったのですか?
貴田:
実際に患者さんと向き合う臨床医になろうと思ったのは、大学3年生くらいの時です。中学2年の時は、何かしら理系の研究者になりたいと思っていたのですが、高校2年の時に、たまたま京都大学のiPS細胞の研究所のイベントに参加する機会がありまして。 実際にiPS細胞やそこから作った神経細胞を見て、生物学だけ、医学だけという世界ではない、その“中間”というか、オーバーラップする部分をやりたいと思いました。なので初めは、臨床医というより研究をする医師になりたいと思って医学部に進みました。
でも、実際に大学で研究をするうちに、せっかく医師免許を持って患者さんを診ることができる立場になるんだったら、ちゃんとそれを活かして、医師としての勉強をしてから研究者になる方がいいかなと思うようになりました。なので、できれば両方やりたいですね。研究もしながら臨床もやる医師になる、それが僕の目標です。

育成塾で学んだ「考える」ということ

事務局:
育成塾での経験で、今に活かされていることはありますか?
貴田:
質問をする技術というか…考え方を、育成塾で学んだと思います。
難しい話を聞いて、自分なりに消化して解釈して、疑問を持ったことを質問する。単に話の内容がわからないことを質問するのではなく、自分の中に落とし込んで「これってどういう事なんだろう?」と思ったことを質問する姿勢が身に着きました。
医療の仕事って、わからないことだらけなんですよ。
患者さんの中で何が起こっているのか、初めはまったくわからないですし、「こういう時はこうする」と一般的には言われているけど、どうなんだろう?とか。ある3つの症状が揃うとこの病気だ、って言われているけど、じゃあ2つだけの場合は何なんだ?とか。日常の中でも疑問を見つけていく姿勢は、育成塾でできたと思います。
事務局:
先ほども、人生の分岐点だったと言ってくれましたね。
貴田:
今の自分を作っているのは、育成塾だと思います。
毎日「考える」という行為をしていますけど、その「考えること」を学んだのは育成塾なので、ここがスタートです。講義は難しかったけど、難しいことを聞く中で見えてくるものがあると思うんですよね。勉強への姿勢というか、物事の考え方が変ったのが大きかったですね。
事務局:
「中学2年生」という時期で体験したのもよかったのでしょうか?
貴田:
時期的にちょうどよかったと思います。まだ知識が増える前のニュートラルな状態で難しいことを勉強することで、「これってどうなんだろう?」と純粋な疑問が出てきやすい。高校生になると知識が増えるので、「これはこういうことね」「聞いたことある」で終わっちゃうと思うんですよね。
あと、わからないことって悪いことじゃないと思うようになりました。それについても沢山の先生が言っていましたね。

「わからない」を楽しんで

事務局:
OBとしても、夏合宿に度々参加してくれていますね。
貴田:
自分が育成塾で得てきたものを、今度は自分が与える立場になれたらいいと思って。何か自分が出来ることをやりたいなと。
今でも、講義を聞いたら新鮮ですし、初心に帰れるところもあります。あと、やっぱり塾生と話している時が一番楽しいですね。「こういう考え方するんだ」とか。
最近の塾生は、僕らの頃よりも興味のある分野にどっぷり入っている子が多い気がします。

OBとして夏合宿をサポートする貴田さん


事務局:
中学2年生へどんなことを伝えたいですか?
貴田:
「わからないこと」や「考えること」を楽しめるようになってほしいと思いますね。
学生時代に家庭教師をしていて感じたのが、世の中がスピーディーになって、すぐにいろいろ調べられるようになってきている中で、「わからないこと」を粘り強く考え続けることが出来ない子が増えているということです。なので、そういった粘り強さを身に着けてほしいと感じます。
それと同時に、「わからないけど楽しいな」、「考えることが楽しいな」という感覚を身に着けてほしいと思いますね。それって、医学の仕事の大半なので。「わからないことだらけだけど、考えたら楽しいな」っていう気持ちを持っていてほしいです。

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