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第3回「創造性の育成塾」夏合宿レポート(6) 8月8日(金)
【夏合宿レポート】 2008年8月08日

経営者の心意気と、壮大な宇宙など

1・2時限目 「宇宙に仲間を求めて」
平林久 宇宙航空研究開発機構(JAXA) 宇宙教育センター長

今日の一コマ目は、宇宙の話。

古くから、かぐや姫の話やガリレオの研究など、多くの人の夢である宇宙人。最近では火星で水が発見されたニュースもあり、地球以外の星での生命も、夢ではなくなるかもしれません。

平林先生は、最初に地球の生命の歴史を解説し、その後、自身の研究と、宇宙人との交信を試みる研究の歴史を紹介しました。地球から定期的に信号を送ったり、どこからか発信されているかもしれない信号を受信するための設備を作ったり。広大な宇宙の中から知的な仲間を探す、「地球外文明探査」と呼ばれるこの研究は、まだ見ぬ相手に向け、いつか反応が返ってくることを期待しながら行なう、まさに“夢を追いかける”研究です。

しかし、平林先生は、宇宙のどこかの文明との交信について、「宇宙の探査能力は20年で1億倍の向上を続けています。宇宙人からの信号は意外と早く届くかも…」と話しながらも、「返ってこないと思っています」と極めて冷静でした。
銀河系の中に文明を持った生き物がどれくらいいるのかを算出するドレークの式を紹介し、その文明と私達の文明とが交信することの難しさを話しました。それでも、「宇宙を調べるということは、私たちがなぜ生きているのかを知るということ」と、壮大な夢へ向けて研究を続ける意味を語る平林先生。

先生の熱意は塾生に伝わったようで、授業が終わった後、「難しいと思っていたテーマだけど、わかりやすかった。まだまだわからないことがたくさんあっておもしろい」と感想を話していました。

とにかくスケールの大きな宇宙の話。塾生たちも貴重な話と写真に、目を輝かせて見入っていました。

3時限目 「心意気とフレキシビリティへの思い」
庄山悦彦 日立製作所会長

まずは自身の生い立ちから話し始めた庄山先生。新潟県に5人兄弟の末っ子として育った先生は、「自分が育った環境や育ててくれた周りの人の影響はとても大きい。感謝の気持ちを忘れずにいたい」と話しました。

創業小屋の写真などを見せ、日立製作所の誕生を紹介し、その後、通信技術の原点として、自身が中学のときから興味を持っていたという伝書鳩の話を披露しました。

新聞社の記事や、薬剤の送品など、確実な通信手段として使われていた伝書鳩。庄山先生も、その魅力に惹かれ、伝書鳩を飼っていたそうですが、情報技術の目覚ましい発展で、今ではすっかり使われなくなりました。情報網の発展の結果、ひとところにいながらにして、瞬時に世界中の情報を手に入れることができる現在。ここに至るまでには技術躍進の多くの努力がありました。

飛躍的に発達した技術の一つとして通信技術の発展を紹介した庄山先生。これからの技術開発に、資源を持たない日本は、特色である、チームワークの良さ、勤勉さ、きめ細やかさをベースにすべき、との考えを述べました。モノづくりの最先端を担う日立製作所の会長として、モノづくり企業の課題を挙げ、さまざまな工夫をして新しい価値、便利さ、安心・安全さを生み出すイノベーションが必要であると話し、塾生に向け、「知恵を働かせて良いものをつくってほしい。みなさんに期待したい」と励ました。

さらに庄山先生は、「いろいろな経験が役に立つ。世の中が変わっても、変わらないもの、変えてはいけないものを判断できるようになってほしい。二つ以上の専門分野と、広い分野に関する知見を持つ、π型人間になってほしい」(フレキシビリティ)「夢、志を高く持って努力し続ければ、実現に近づく」(心意気)と述べ、最後に「100年後、どのような技術が開発され、世の中がどう変わるのか、具体的に想像してほしい」と塾生に求め、自身は、「その頃には個人でヘリコプターに乗る時代になると思っています」と、答えを促しました。

「環境問題が何らかの技術で解決される」と応える塾生に、「環境問題は科学技術で解決するしかない。日本は確実に技術で貢献できる。科学技術外交を進めていけると思っている」と今後の展望を語りました。

4時限目 「自然の謎を解く」
荒蒔康一郎 キリンホールディングス会長

発生生理学が好きだったという荒蒔会長。中学・高校のときに発生生理学に進もうとして親に反対され、しかし何とか説得し、農芸化学のある東大理科Ⅱ類に進学。

今日はキリンホールディングスの製薬事業を紹介しました。高山病や、陸上などの高地訓練などに端を発し、研究・開発されてきたホルモン、エリスロポエチン(EPO)研究の歴史を解説。造血のメカニズムを解明し、赤血球をコントロールする製薬を開発しました。

iPS細胞、遺伝子組み換えなど、最先端の技術を駆使して研究・開発されている製薬事業。荒蒔会長は、研究に必要なこととして、「“なぜか”と5回繰り返し、根本から考えること。しつこさが大事です。“なぜか”に向かってあくなき探究心をぶつける姿勢の重要さは、研究のみならず、企業においても同じことが言える」と、正確さが求められる製薬事業の研究の、根幹の指針を語りました。

5・6時限目「嫌われ者の生き物達~クイズ害虫物知り決定戦」
BASFアグロ 田原研究所生物開発部長ら
授業のテーマは「虫」。まずはカブトムシ、チョウ、トンボなど、親しみのある虫を紹介した後、本題の害虫の話に。

ガの幼虫が各班に配られ、シロアリ、カメムシの大群が現れ、ダニの拡大写真が大きく写される。身近な存在ではありながらも、なかなか目にはせず、また敬遠する存在である害虫と呼ばれる虫たち。そのイメージや形の悪さから、教室のあちこちから「気持ち悪ーい」という声や、嫌な顔が見られました。

今日の授業の中心はこの害虫たちに関するクイズ。
・農作物を一夜にして盗まれたように食い荒らす、「ヤトウ虫」の漢字は?
・シロアリが好きなペンのインクの種類は?
など、普段なかなか詳しく調べることのない害虫の、実はちょっとおもしろいその生態を、塾生たちは自分達の手と目で確かめました。

その虫の生態を考え、根拠を持って班ごとに出した答え。クイズの答えが発表されるたびに、教室は大騒ぎでした。この実験で触れた害虫の生態。実は、これらの情報は、BASFでの農薬の開発や害虫駆除の技術に活かされています。

身体への影響が懸念される農薬ですが、開発に携わる生物開発部長の瀬古さんは、「農薬の、身体への影響はなくすことはできない。しかし、その影響を最低限にするのが私達の仕事です」と話しました。

また、世界人口が80億人に達すると予測される2025年。食糧危機を乗り越えるためのアイディアを塾生に尋ねると、「害虫を食べる」「少ない面積を活かして、鏡などを使って農作物を育てる作物ビルを建てる」など、現代人には奇抜とも思える発想が聞かれました。

私たちに害を与える虫たちも、被害を受けないようにしたり、駆除するためには、その生態を研究する必要があります。そういった技術開発の一端に触れることができた実験授業でした。

7時限目 「人類の宇宙進出と学びの意味―宇宙の現場からのメッセージ」
的川康宣 宇宙航空研究開発機構(JAXA)技術参与、前宇宙教育センター長

わが国の宇宙開発草創期を担った東大宇宙航空研究所からロケット開発のメンバーで、「おおすみ」「すざく」「あかぎ」「はやぶさ」、直近の「かぐや」と、ほとんどの人工衛星、探査衛星に関わっており、現在は“宇宙教育の父”とも呼ばれている的川先生。“落語好き”を自認するだけあって、時折、ユーモアを交えながら、多くのキーワード使っての分かりやすい講義でした。

冒頭、最近のビッグニュース、火星探査機の「氷の発見」に触れ、今月中旬に予定されているNASA(米航空宇宙局)の会見では「生命の痕跡」の発表がされるのではないか、と推測したのが注目されました。

自己紹介に移り、自らが呉、広島での生死に関わる終戦前後の経験から「平和」「いのち」「矜持」の3つのキーワードを挙げました。その後、アポロ宇宙船による有人・月面着陸で米の勝利など米・ソの宇宙開発競争の歩みを話しました。続いてのコスモス・カレンダーでは137億年前の宇宙ビッグバン、太陽系の誕生、ヒトの分岐を示しました。

続いての3つのキーワードを力説。

冒険心=宇宙ロケットは100回に2回失敗する。大変、高い確率だが、宇宙飛行士は行く。冒険心は未来を開くための条件。「民族が大きく、たくましく栄えたのは、その息子たちが、冒険を愛したからである…」(ヘンリー・ヘーク)

好奇心=土井宇宙飛行士には、最初、飛行士志望を止めた。が、「1秒でも良いから宇宙へ行きたい」の気持ちで宇宙飛行士への志望を貫徹した。それが好奇心。「平凡な教師はおしゃべりをする。良い教師は説明する。優秀な教師はやって見せる。しかし、最高の教師は子供の心に火を点ける」(ウイリアム・ウォード)

匠の心=匠の心が好奇心と冒険心を実現する。

これの上部に「夢」下部に「いのちの大切」を置いて、「いのちのトライアングル」と名付けていました。

さらに、的川先生の恩師で、日本の宇宙開発、ロケット開発の父である故・糸川英夫教授の言葉「独創力が花開くには3つの条件がある。(1)粘り強いやる気(2)徹底した学習、そして(3)出会いである」を披露して、塾生に向かって「皆さんも、この創造性の育成塾での出会いを大切にして下さい、とこの日の講義を結びました。

質問の時間では「なぜ、探査機は故障し易いのですか」「旅客機の技術発展に比べロケットのそれは余り進んでいないのではないですか」など突っ込んだ疑問が塾生から投げられました。これに対し的川先生は、「スペースシャトルは一番安全、3重の安全装置が備わっている。それでも…。ロケットの部品は旅客機とは比べものにならない膨大な数があり、その0.01%の不具合でも危険が伴う。それと、打ち上げの回数(経験)がまだ少ない」と、現状を率直に、丁寧に答えていました。

8時限目 「植物の生命活動を見る」
中西友子 東京大学大学院農学生命科学研究科教授 猿橋賞受賞者
「植物における水および微量元素の挙動」という研究で、猿橋賞を受賞した中西先生。今日はその研究にも触れる、植物の研究方法を紹介しました。

まずは先生の研究の中心でもある、中性子線による水の可視化を紹介。中性子は、水素原子を通過しにくく、水の像を浮かび上がらせることができます。同じ物体でも、通常の写真撮影、放射線による撮影、中性子線による撮影では、物体の見え方が全く異なることを写真を使ってわかりやすく解説しました。

植物をこの中性子線で撮影すると、水分の浸透具合が手に取るように浮かび上がりました。放射化学が専門の中西先生の、様々な施設の写真や、更には中西先生の研究の過程で、立体的に見ることができるようになった貴重な水の像の映像にも、食い入るように見る塾生たち。

科学技術を駆使した、身近な植物のいつもとは違う見え方、姿に、塾生たちは興味津々の様子でした。時間いっぱいまで紹介された様々な画像には質問も寄せられ、中西先生も丁寧に答えていました。
(事務局・伊奈恵子)