「創造性の育成塾・夏季合宿レポート」⑥=8月9日

 「創造性の育成塾」の第2回夏季合宿が4日、山梨県富士吉田市の「(財)人材開発センター、富士研修所」で開講した。今年のテーマは「化学」が中心。全国から選ばれた理科好きの中学生40人に対し、ノーベル化学賞受賞者の白川英樹さん、同賞授賞の李遠哲さん(台湾)をはじめ、わが国屈指の科学者、研究者、教師が、11日までの9日間、講義、実験、講話を続ける。
昨年の第1回合宿(物理)は各方面から高い評価を受け、今年は企業の研究所のノーベル賞候補の研究者の講義や実験が新たに加わったほか、授業の模様が初めてライブ配信される。富士山登山なども盛り込んだ計約3000分のカンヅメ授業で、塾生たちが将来の科学者への夢をつかんでくれることが期待される。毎日の授業の模様を報告する。
『1時限目』-「水溶液の正体は?」=五十嵐 邦享・全国中学校理科教育研究会顧問

最初に五十嵐先生は、水溶液とは、「水(溶媒)に、ある物質(溶質)が溶けているもの」という定義を紹介。
5本の試験管に入った酢・砂糖・食塩・石灰水・でんぷんの水溶液を用意、どの水溶液なのかを調べる。色、におい、リトマス紙、息を吹き込む、熱して蒸発させる、などそれぞれの水溶液の特徴を基に当てることに挑んだ。
塾生は手際良くそれぞれの試験管の中身を観測していた。
とても基本的な実験であったが、だからこそ、実験の基礎を思い出すことができたのではないだろうか。

『2・3時限目』-「カルメ焼きはなぜ膨らむ」=高梨 賢英・慶応義塾幼稚舎教諭(理科専科)

 最初に高梨先生は、カルメ焼きのできる仕組み、失敗する理由を説明。本番前の、砂糖の性質を調べる実験として、砂糖を水に溶かし、火にかける。混ぜながら蒸発させると、ぼろぼろとした固まりに。そのまま混ぜずに蒸発させると透明なべっこう飴になる。カルメ焼きも混ぜすぎると、膨らまず、ぼろぼろになってしまう。カルメ焼きの作り方は、125度まで熱した砂糖液に、重曹卵(卵白に重曹を加えたもの)を大豆大の量を加え、撹拌する。液の粘りが増し、撹拌をやめると、むくむくと膨れ上がる。混ぜるのをやめるタイミングを、先生は何度も説明した。カルメ焼きが勢いよく膨らむと、教室のあちこちから歓声が上がった。塾生は、自分達で作ったカルメ焼きを、嬉しそうに頬張る。
続いて、白いカルメ焼きを作る実験。この白いカルメ焼きや、このときに使ったカップの装置は、高梨先生の発明。実験の最後に、様々な色をつけたカルメ焼きで作った動物のカルメ焼きなどを、写真で見せた。
カルメ焼きになった砂糖を、もう一度水に溶かし、フェノールフタレイン液の反応で、形状は変わっても同じ物質であることを確認。
甘い匂いが充満する教室で、ビーカーやフェノールフタレイン液を使った、“おいしい科学”を体感した。

『4時限目』―講話「何でもやってみよう」=張 富士夫・トヨタ自動車会長

「一瞬の出会いが大事、自分探しを―」
ご自身の少年時代からトヨタ入社までの話から始めた。
小学3年生の時、終戦で北京から引き上げ、山口県、東京世田谷の小学校に編,転校。
運動会での徒競走、ボールゲームなどのスポーツに挑んだが、足が遅くどれもダメだった。中学で野球部に入り、一生懸命やったが補欠。高校で友人に誘われ剣道都と出会った。
警察署の道場に通い、上達して警察署の代表に入れられたりするなど、対外試合で勝ちっ放しだった。 「合うスポーツがやっと見つかった。私の身体と剣道の相性が良かったのでしょう」。私の通っていた駒場高校に剣道部を創設、大学でも剣道部に入り、たまたまトヨタとの試合があり、その時、トヨタの人事部から入社を薦められた。当時、自動車には全然、興味がなかったが、周囲の人も「将来性がある会社」というので入社した。「今、考えると若い時の一瞬一瞬の出会いが大事なんだなーと思う」と述懐していた。
続けて、「スポーツでも合うものと合わないものがある。人にはそれぞれ相性がある。自分に合っているものを探す、“自分探しの旅”がちょうど皆さんの今の時期だと思う」。
また、「世の中に友情ほど大切なものはない」と、中学時代に友人6人と“義兄弟の縁”を結んだ話を披露した。熱中していた三国志から6人がそれぞれ劉備玄徳、諸葛孔明などになり、印肉で血判書まで作った。
ここまでの話は塾生たちへのサジェッションを含んだ力強いメッセージとなった。

トヨタの誕生
次にトヨタの話に移った。
自動織機の発明で、日本の発明王と言われた豊田佐吉翁の命で、その息子の喜一郎が創業した「豊田織機」が前身。佐吉翁が渡米、目にした自動車の世界に触発され、喜一郎に「自動車産業を興せ」の命が下ったのがトヨタ自動車の誕生だった。声を掛けた全国の自動車修理工場の職人、大学の材料工学の先生、外車の販売部長などが馳せ散じてのスタートだった。最初は外車の部品の写生から始まった。「見よう見真似だった。だから、後発の中国などへの技術移転は自分たちもそうだったのだから、どんどんやっている」と言う。
「事実が大切、事実に謙虚であれ」
トヨタの自動車の作り方は「Just In Time(必要なものを、必要な時に、必要な量だけ造る)」を何度も引用した。
また、自動車製造には分業が欠かせない。創業以来長年、各行程ラインを効率的な流れにする取組みも続けた。その「トヨタの生産方式」は今、世界が注目、グローバルスタンダードななっていることも強調した。
さらに、創業以来、「考える前に、まず、やってみろ」「理論、理屈は後からやってくる。まず実績が大事」のトヨタ精神が引き継がれていることも張会長は力説した。
また、張会長は自らの指針として「言ったことは実行する」「常に自分を発展させる。昨日より今日、今日より明日と」「人生に無駄な経験はない。後で役に立つ」を揚げたが、これも塾生へのメッセージだ。
最後に「理科を目指すなら、事実を大切に。事実が先生。事実の前に謙虚であること」を塾生たちへのアドバイスとした。
講話後、塾生からの質問「織機から自動車、今後は何に取組むか」に張会長は「僕は環境産業だと思う。大事な分野だ」と言い切ったのが注目された。
『5・6時限目』 「高吸水性ポリマー=SAP」 駒崎 太夢・BASF コーポレートコミュニケーションズ 他

 揃いのTシャツを着た、駒崎さんはじめ社員の方がたは、まずBASFの説明を始めた。
「BASFを知っている人?」と問われて、一人も手の上がらなかった塾生たちだが、駒崎さんは、「そのはずです」とにこやかに説明を続けた。BASFとは、世界で1番大きな化学会社。その製品は8000種類以上もあるが、そのほとんどが、部品や製品の原材料なので、その名前はなかなか目に触れない。
その中から、今日は高吸水性ポリマーを用いた実験。高吸水性ポリマー(SAP=Super Absorbent Polymer)とは、自身の重さに対して、純水であれば1000倍、生理食塩水(塩濃度0.9%)ならば50倍もの水分を吸収する物質。食塩水だとなぜ吸水能力が落ちるのか、を追及するのが今日の実験の課題である。
ヒントとして、最初にSAPが水を吸う仕組みが説明された。SAPの分子は、マイナスの電気を持つ。それに対して、プラスの電気を持つ水の分子が引き合う。SAPは、自分自身のマイナス電気同士の反発を和らげるために、プラスの電気を持ったナトリウムイオンが入っているが、水中では、SAPのもつナトリウムイオンの一部は水中に出て行くため、より多くの水分が吸収できる、という仕組みだ。
実験は、①異なる濃度6段階の食塩水の調整、②SAPの吸水能力の測定。
食塩、水の容量を測り、かき混ぜる。SAPを入れ、かき混ぜる。この作業の繰り返しだが、正確な実験結果を出すために、塾生は真剣に量りに向かった。
班ごとに出した結論は、ほぼ同じものだ。塩化ナトリウムである食塩が含まれる水溶液だと、本来水の分子が反応するはずのSAPの分子に、ナトリウムの分子が反応してしまい、吸水力は落ちるというものであった。
全班が正解までこぎつけたことに、駒崎さんも驚いていた。各班の実験結果のグラフを重ね合わせると、そのグラフは、ほぼぴったり重なり、塾生からは、「おぉー」と、自分達の実験の正確さに安堵する声が上がった。

『7時限目』-「天体の日周運動と地球の自転」=瀬戸 治夫・江戸川区立小岩第二中学校教諭

 昨晩の星座の観察を踏まえての実験授業。瀬戸先生は、昨晩、塾生が寝てから撮った、合宿所から見た夜空の映像を見せた。早送りで、星が動く様子を観察。「実際に星が動いているのか?」との問いに、塾生は「地球が自転しているから」と、当然と言わんばかりに答えた。しかしそれに対して瀬戸先生の、「では、地球が自転しているというのは、地球上からは何を持って証明できるか」という問いに、塾生は頭をひねる。
「北極星が動かないこと」「台風の渦の巻き方」「太陽の沈む時刻が場所によって違うこと」など、様々な答えが出たが、どれも決定的な証拠にはならない。
しばらくして、ある塾生が「振り子」と答えた。ここで先生は、「フーコーの振り子」を紹介する。フランスの物理学者レオン・フーコーは、当時、いまだ地上で実証することができていなかった地球の自転を、振り子を使って証明した。振り子でなぜ地球の自転が確かめられるのか、先生は班ごとに振り子を用意した。長さ1mの振り子を振ると、振り子はまっすぐに揺れた。しかし、振り子を回転台の上に乗せ、ゆっくりと回転させると、振り子は揺れながら大きな円を描く。
フーコーは、長さ67mの振り子を揺らし、時間が経つにつれて、振り子がゆっくりと大きな円を描くことを発見、地球の自転を確かめた。
授業中に動かし始めた振動減衰防止装置付きの振り子を、夕飯が終わってから見に行くと、振り子の揺れはスタートした地点からずれていた。
瀬戸先生は、「私たちは地球にいて、目に見える限りでは星が動いているように見えるが、地球の外から見たときにどうなっているのか、その発想、視点の転換が大事です」とまとめた。
塾生は昨晩から、夜空を見上げ、宇宙の中での地球を感じ、その地球の動きを道具を使って、目に見える形にすることで、感じることができたのではないだろうか。

※「創造性の育成塾・夏季合宿レポート」(2007年)の記事を事務局にて再編。再収録しました。
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