小胞体ストレス応答:私達の細胞が持っている驚異の復元力(森 和俊 京都大学大学院 理学研究科 教授)

森和俊先生は、小胞体ストレス応答(unfolded protein response : UPR)の研究分野を開拓されてきました。
「今日は、細胞の話です。これは中学校や高校では習いません。大学でもあまり習いません。質問があったら途中でもいいので、手を挙げてください」と講義を始めた森先生。

まずは、タンパク質と細胞について説明されました。
すべての生き物は、細胞でできており、細胞は生命の基本単位です。タンパク質は、細胞の中で水の次に多い重要物質です。

続いて、森先生と小胞体ストレス応答との出会いについて。
高校までは、生物が嫌いだったという森先生。覚えることが多く、暗記科目のように捉えていたからだそうです。
しかし、京都大学に入学した1977年、遺伝子や分子生物学が話題になり始めたことで興味を抱き、分子生物学を学びたいと30歳で渡米。そこで出会ったのが、小胞体ストレス応答でした。

では、小胞体ストレス応答とは、どういうものなのでしょうか。
例えば、糖尿病は、タンパク質であるインスリンの生成時や体内運搬時に問題が生じることで、摂取した食物エネルギーを正常に代謝できなくなってしまい、高血糖値が続いてしまう病気です。血糖を正常範囲に保つために、膵臓で作られたインスリンは、肝臓の中のインスリン受容体と結合することにより代謝を促す役割を担っています。
森先生は、その仕組みを、塾生達に分かりやすく、鍵が鍵穴に刺さってスイッチが入るとエンジンがかかることに例え、タンパク質も同様に、鍵が鍵穴にぴったり収まる形でなければ、機能しないということを説明されました。

生命活動の担い手であるタンパク質は、自発的に形作りをする能力を備えていますが、細胞内では発揮しにくいため、小胞体内でシャペロンという物質がタンパク質の正常な折り畳みを補助します。したがって、小胞体は、正常なタンパク質が合成されるために大変重要な小器官であり、小胞体ストレス応答とは、小胞体内で正常に折り畳まれなかったタンパク質を処理するための「復元力」を担った機構のことです。小胞体ストレス応答は、常に病気から私たちの健康を守るために大変重要な役割を担っているのです。

森先生は、以下の点について、草分け的存在となる解明を手掛けられたと説明されました。
・ 酵母小胞体ストレス応答の分子機構
・ 哺乳類小胞体ストレス応答の分子機構
・ ノックアウトマウスの作出と解析(小胞体ストレス応答が働かないと産まれてこられない)
・ 生理的小胞体ストレスの解析

講義では、酵母と哺乳類動物等の小胞体ストレス応答の仕組みを比較しながら、進化の過程に伴って小胞体ストレス応答が精緻となっていることも説明されました。

森先生は、小胞体ストレス応答に存在する3つの小胞体ストレスセンサータンパク質であるIRE1、ATF6、PERKを経由した主要な経路のうち、特にIRE1経路とATF6経路に関して、出芽酵母のIRE1の発見や分子機構などを解明。また、IRE1ストレスセンサーを経由した経路が線虫からヒトに至るまで共通していること、さらに、哺乳類の動物ではIRE1経路だけでなくATF6経路が存在することも丁寧に説明されました。

小胞体ストレス応答の、より核心的な機構解明と種々のストレスセンサータンパク質発見により、小胞体は、分泌系タンパク質の輸送経路としてだけではなく、タンパク質が正常であるか異常であるかを区別し、異常である場合には様々な手段により対応できる機能を持っていることが分かりました。
小胞体ストレス応答がうまく働かないと、様々な病気の原因になってしまうため、仕組みの根本的な理解は大変重要です。

講義中、塾生達から「アミノ酸はどのように小胞体に入るのですか?」「シャペロンに寿命はあるのですか?」「シャペロンもタンパク質ですが、シャペロン自身が異常になることもあるのですか?そのような際には、小胞体内ではどのような現象が起こるのですか?」など、たくさんの質問が寄せられました。難しい内容を真剣な眼差しで大変興味深く聞いていました。

(3期 奥村 有紗)

 

videocam講義を動画でご覧いただけます。

映像の公開は終了しました。(23.8.28)

mobile_screen_shareスマートフォンなどモバイルデバイスはこちら