7月29日 3時限目
梶田 隆章 ノーベル物理学賞
東京大学特別栄誉教授 東京大学宇宙線研究所長
「ニュートリノの小さい質量の発見」
昼食後の講義は、昨年ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章先生の講義から始まりました。講義では、先生がこれまで研究者としてどのような人生を歩んできたのか、塾生へのメッセージを交えながら教えていただきました。
弓道に熱心に取り組んでいた先生は、大学では勉強不足だったそうです。しかし、物理の魅力に惹かれて大学院進学を決め、弓道部の主将就任を辞退し3年秋から勉強に励みました。当時は葛藤があったものの、人生における重要な決断だったと振り返ります。
先生が大学院に進学した当時、大統一理論により陽子の崩壊が予言され、これを実証するためにカミオカンデの建設が決まったところでした。先生は小柴先生(2002年ノーベル物理学賞受賞)の指導の下、朝から晩まで日々カミオカンデの建設に従事していたといいます。この研究にやりがいを感じたことが、先生が研究者になる直接のきっかけだったそうです。
さて、カミオカンデで観測される「ニュートリノ」は陽子の崩壊により生じるほか、宇宙から飛来する宇宙線が地球の大気にぶつかることで生まれます。ニュートリノには電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの3種類がありますが、先生は博士論文の提出後、カミオカンデで観測したニュートリノが電子ニュートリノかミューニュートリノかを判別する研究に取り組みました。すると、電子ニュートリノは予想通りの実験結果が得られましたが、ミューニュートリノは予想より遥かに少ない数しか検出されていないことがわかりました。この原因として、ミューニュートリノが他のニュートリノに変わってしまったことが考えられます。
もしニュートリノに質量があるならば、ニュートリノ振動と呼ばれる現象でこのことが説明できます。しかし、当時はニュートリノには質量がないと考えられており、世界の多くの物理学者は実験の間違いを疑いました。しかし、自分たちの結果に自信があった先生は、このテーマに取り組み続けることを決め、その後5年ほどかけてデータを集めました。さらに1995年のスーパーカミオカンデ建設を経て、1998年にようやくニュートリノ振動の確固たる証拠が得られました。
「1つのことがわかると、新たな謎が生まれ、新たなことがわかるきっかけが生まれる」と先生は言います。ニュートリノの質量は他の素粒子よりも100億倍ほど小さく、他の素粒子と異なる原理で質量を持っていることが疑われます。このことは、宇宙が物質のみでできており、反物質が存在しない原因を解明する手掛かりとなるかもしれないとのことです。
最後に先生は「自分は先生や仲間、プロジェクトに恵まれてきた。皆さんも人生を決めるような出会いを大切にしてほしい」と締めくくりました。塾生からは「ニュートリノは我々にどのような影響を及ぼすのか」「タウニュートリノの観測はどうなっているのか」など、終了時刻まで絶え間なく質問が続きました。
(4期生:高倉 隼人)
現職
東京大学特別栄誉教授 東京大学宇宙線研究所長
研究業績
宇宙線が地球の大気に衝突したときに生じる大気ニュートリノにおいて、地球の反対側からやってきたミューニュートリノの数を観測し、予測値の約半分であることを確認。飛行中にニュートリノの種類が変わるニュートリノ振動の現象を発見した。この現象はそれまで質量がないと考えられていたニュートリノが質量を持つことを示し、素粒子物理の標準理論を超える物理への最初の手掛かりを与えた。
略歴
1981年 埼玉大学理学部卒業
1983年 東京大学大学院理学系研究科物理学専門課程修士課程修了
1986年 東京大学大学院理学系研究科物理学専門課程博士課程修了
1986年 理学博士(東京大学)
1986年 東京大学助手(東京大学理学部附属素粒子物理国際センター)
1988年 東京大学助手(宇宙線研究所)
1992年 東京大学助教授(宇宙線研究所)
1999年 東京大学宇宙線研究所附属宇宙ニュートリノ観測情報融合センター長(2016年3月まで)
1999年 東京大学教授(宇宙線研究所)
2008年 東京大学宇宙線研究所 所長
2016年 東京大学特別栄誉教授
受賞歴
1988年 朝日賞(神岡実験グループとしての受賞)
1989年 Bruno Rossi Prize(神岡実験グループとしての受賞)
1999年 朝日賞(スーパーカミオカンデグループとしての受賞)
1999年 第45回仁科記念賞
2002年 W.K.H. Panofsky Prize(小柴昌俊氏、戸塚洋二氏との共同受賞)
2010年 戸塚洋二賞(平成基礎科学財団)
2012年 日本学士院賞
2013年 Julius Wess Award(カールスルー工科大学)
2015年 文化勲章受賞、文化功労者
2015年 基礎物理学ブレークスルー賞(スーパーカミオカンデ共同実験グループとの共同受賞)
2015年 ノーベル物理学賞
2016年 中日文化賞