一流の講師陣による講義・実験の様子をレポートします。
中西 友子
東京大学 特任教授・原子力委員会委員
「放射線と植物」
「放射線に対して怖いイメージをお持ちだと思いますが、放射線は植物を知るうえでとても役に立ちます。放射線を用いないと分からないこともたくさんあるのです。」「生命というと、人間に注目しがちですが、植物は本当に興味深いものです。今日は、植物についても知識を深めていってください。」と、講義を始められた中西先生。
この講義では、「植物の根」「植物と水」「植物と元素」という3つのテーマでお話しくださいました。
まずは、「植物の根」について。
「みなさんは“根は動かない“と思っていると思いますが、実は動くのです。」と言いながら、中西先生は、水耕栽培したイネの先端部がくるくると回りながら伸長していく映像を見せてくださいました。土の中で、根がどうなっているのか調べるために、中性子線が役に立つとおっしゃいます。中性子線の通り抜けやすさが元素によって異なることを利用すると、水がどこにあるのか、その水はどのくらいの量なのかを調べることが可能なのだそうです。
次に、「植物と水」。水を得るための植物の戦略について教えて下さいました。
中西先生が注目したのは、乾燥耐性の植物です。半乾燥地でもとても大きくなる植物は「普段は水をあまり吸収しないでおいて、いざという時に水を大量に吸収する。」とのこと。「神さまの選んだ植物は、人間の考えることのずっと上をいく。」と、植物がもつ力に驚嘆されていました。
また、植物の中で、大量の水が道管から漏れ出しているという不思議な現象についても、「おそらく道管から漏れ出した後、また道管に戻っているようです。このようにして、一定量の水が茎の中を循環していると考えられます。」と、おっしゃいました。
そして、「植物と元素」。
元素の研究には、放射性同位元素(RI)を用います。これを用いると、明環境下でイメージング(画像化)が可能で、さらに画像で定量化も可能になるといいます。これを用いて様々な元素の蓄積や吸収を調べると、組織によって、また、生育ステージによって、元素分布が異なることが分かるのだそうです。
中西先生は「水耕栽培では、植物は早く育つが結実しない。土耕栽培では生長に時間がかかるが収穫が多い。」と水耕栽培と土耕栽培の違いについても言及され、「人間もこれと同じで、若いときに苦労しておくと将来になってから実りが多くなるのです。」と、おっしゃいました。
最後に、今までの科学と、生命の科学を比較し、「今までの科学にある、土台となる学問(化学、数学、物理)が生命の科学にはまだありません。ぜひ、皆さんにはそのような学問を構築してもらいたいです。」とおっしゃいました。
中性子線を用いて撮影したバラの写真でこの講義を締めくくられた中西先生。自然という人間では到底及ばないものへの敬意、植物への深い愛情が強く感じられる講義でした。
(5期生 逸見知世)
講師略歴
現職:東京大学大学院農学生命科学研究科・特任教授
東京大学名誉教授
内閣府原子力委員会・委員
略歴
1978年 東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了、理学博士。
日本ゼオン(株)技術開発センター研究員、米国カリフォルニア大学ローレンスバークレイ研究所などを経て
1987年 東京大学農学部・助手。助教授を経て
2000年 東京大学大学院農学生命科学研究科・教授
2001年 東京大学総長補佐(併任)
2005年 日本学術会議会員
2006年 東京大学環境安全本部・本部長(併任)
2014年 内閣府原子力委員会・委員、日本放射化学会会長
2016年 東京大学定年退職、東京大学名誉教授、東京大学大学院農学生命科学研究科・特任教授
研究業績:
専門は放射線植物生理学(植物生理学、放射化学)。放射線や放射性同位元素を用いて植物中の水や元素のリアルタイム動態の可視化研究による植物活動の解析を進めている。例えば、Nakanishi, T.M. J. Radioanal. Nucl. Chm. 311 947-971 (2017).
福島原発事故の調査研究は以下を参照、中西編集
① Agricultural Implications of Fukushima Nuclear Accident (2013), Springer
② 同上, -The first three years- (2016), Springer
ダウンロード回数:①:103,000回、②39,000回(ダウンロードは無料)
③ 土壌汚染、中西友子著、NHKブックス(2013)
受賞歴他:
猿橋賞、原子力学会貢献賞、日本放射化学会賞、フランス国家功労勲章(シュバリエ)受章、スウェーデン王立工学アカデミー会員、ヘベシー賞など
学外委員等では、文部科学省科学技術・学術審議会委員、日本ユネスコ国内委員会委員、文化審議会委員、文部科学省参与、文部科学省中央教育審議会大学委員会委員、内閣府総合科学技術会議専門員(評価、基本戦略、科学技術システム改革など)、産業技術総合研究所運営諮問委員、放射線医学総合研究所客員研究員などを兼任。現在、日本工学アカデミー副会長。