冨田 勝 慶應義塾大学先端生命科学研究所 所長「AIは『心』を持てるか」

 夏合宿も最終日。最初の講義は、慶応義塾大学 冨田 勝 教授による講義です。冨田先生は、山形県鶴岡市にある慶応義塾大学先端生命科学研究所の所長を務め、様々な若手研究者の先進的な研究を支援してきました。

 機械は、鉄腕アトムのように、「心/意識/感情/感性」を持てるのでしょうか。この問いから、冨田先生の講義が始まりました。

始めは、先生ご自身の研究や先端生命科学研究所の取組についての紹介。
冨田先生の取り組んできた唾液や血液でがんを見つける研究や、研究所出身で教え子である関山氏らが立ち上げたスパイバー株式会社について、わかりやすく説明いただきました。スパイバー社が開発した、たんぱく質を原料とする人工クモ糸は、石油に頼らない超高性能繊維として、資源問題・環境問題解決のカギになるのではと、大きな注目を集めています。

 併せて、冨田先生の学生時代のお話も。中学時代の自由研究では、一人でポーカーを5000回実施して確率を調べたり、型ハメパズルのハメ方を全種類チャレンジするなど、中学生のころから、周囲を驚かせる面白い取り組みをされていたとのことで、塾生も興味深く聞き入っていました。

質疑応答も活発に行われました。
「先進的な研究は批判も多いと思うが、どうやって数々の批判に打ち勝ったのか?」という塾生からの質問には、「スパイバーの例では、彼らが個の突発力を発揮した。自分が唯一したのは、邪魔をしなかったことだけ。確実にうまくいくのか確認できるのであれば、それはブレイクスルーにならない。不確実なことをやったことに対して批判的になるのではなく、肯定的に“ナイスチャレンジ”といえる日本になる必要がある。」と話しました。「本当のブレイクスルーというのは、最初は“ホラ”に聞こえる。」という冨田先生の言葉は、これから新しいイノベーションを起こす可能性がある塾生達にも響いたことでしょう。

 ここで、本日のテーマ「AIは「心」を持てるか」に戻ります。

一部の研究者の間では、2045年にはAIは人間の知能を超えると言われており、人間が行う意思決定や自発的な行動、新しい発見をも超える可能性があるとされていますが、冨田先生は「その可能性はない」と断言します。人間には、科学で説明できない「自我/意識/心」があるからです。

それでは、人間とは何でしょうか。人間は、37兆個の細胞が連携して非常に知的な生物として存在しています。人間はどうやってできたのか、誰がつくったのか、神様が作ったのか?進化の過程による自然淘汰と突然変異の賜物なのか?塾生に冨田先生は問いかけます。人間は、誰もが遅かれ早かれ死に、肉体も意識も死んだら無くなります。0から生まれて90年生きて0に戻るとすると、この90年は何なのでしょうか。地球規模で考えれば、人間が生きた期間はほんの一瞬。地球に優しいとは「人間中心」の考え方であると冨田先生は言います。

「僕も含め、ここにいる人はみんな運が良い。世界には勉強をしたくても出来ない子供たちもいる。自分が日本に生まれたのはたまたま、偶然である。君たちが何か達成したとしても自分の実力でもぎ取ったと思わないほうがいい。才能も努力も突き詰めれば半分以上が運なのだ。だからこそ、自分が幸せな人は、他人や社会を幸せにする使命がある。」
この社会貢献の考え方は、社会的動物である人間の本能であると冨田先生は語ります。社会貢献は、究極的には自己満足であり、自分の人生を社会のために使うという行為は、幸福度が高いのだと。「このことを日々の生活で考える機会は少ないと思うけれど、たまには考えてみてください」と冨田先生は塾生に語り掛け、講義を終えました。

(2期生 加藤 茉里)

現職

慶應義塾大学先端生命科学研究所 所長

略歴

1957年東京生まれ。慶應大学工学部卒業後渡米。Carnegie Mellon University コンピュータ科学部に留学し、指導教官のHerb Simon教授(1978年ノーベル経済学賞)の下、修士課程(1983)と博士課程(1985)修了。CMUの助手、助教授、准教授歴任。レーガン大統領より米国立科学財団大統領奨励賞受賞(1988)。1990年に帰国し、慶應大学湘南藤沢キャンパス(SFC)開設と、日本初のAO入試の導入に関わった。環境情報学部助教授、教授、学部長を歴任。 多分野を専門とし、Ph.D(CMU)、工学博士(京都大学)、医学博士(慶應大学)、政策メディア博士(慶應大学)の4つの博士号を持つ。 

米国National Science Foundation大統領奨励賞(1988)、日本 IBM 科学賞(2002)、科学技術政策担当大臣賞(2004)、文部科学大臣表彰科学技術賞(2007)、 International Society of Metabolomics功労賞(2009)、大学発ベンチャー表彰特別賞(2014)、Audi Innovation Award(2016)、国際メタボローム学会終身名誉フェロー(2017)、第68回河北文化賞(2019)、第5回バイオインダストリー大賞(2021)など。 

近著に「みんなで考えるAIとバイオテクノロジーの未来社会」(かんき出版)がある。